2006年07月31日
会いにゆくよ!
来月、久しぶりにちえみジョーンズさんを番組にお招きできそうです。
ちえみジョーンズさん、カナダのトロントで憧れのミュージシャン、ロンセクスミスのメンバーと一緒にレコーディングをされたそうで、満面の笑みでスタジオ入りしている彼女の写真がアップされていましたよ!
以前、一緒にライブをしませんか? とお誘いの電話を頂いたことがあったんですけど、断っちゃったことがありました。いま考えたらもったいない話でしたね。
いままで僕のラジオ番組にたくさんのミュージシャンをお招きしてきました。
下地勇さん、ちえみジョーンズさん、jimamaさんからも番組宛にメッセージを頂きましたし、そうそう遠藤ミチロウさんのインタビューもしたなあ。
それだけでなくって、インディーズで活動しているコミックミュージシャンのナオキ屋さんとか、東京の稲葉ナオキさん、アウフライツのROZAさんも忘れられないゲストです。
大好きなミュージシャンを番組にお招きできるっていうのは、リスナーのみなさんと同じように、いやもしかしたらそれ以上に? 夢見心地なひとときなんですよ。
たま〜にね
ライブ後 「握手して下さい!」って言われたり、「こないだの放送がおもしろくてスタジオに遊びにきました」なんていわれると、こっちが逆に涙が出るくらいうれしくて感謝の気持でいっぱいになります。時々忘れそうになるんですけど、いつでもいつまでも謙虚な気持を忘れないで活動してゆかなくちゃですね。
僕は東京のライブハウス、渋谷アピアという場所で音楽活動をはじめたんですけど、もうあれから十年以上たちますが、いまでもアピア出身というのに誇りをもっています。僕にとっての誇りってなんだろうねえ?たぶんプライドとは違うな。やっぱ純粋な気持ち、謙虚な気持ちを忘れないで活動してゆくことが僕にとっての誇りです。
しばらく遠ざかっていましたけど、スタジオ入り再開します。改めて楽器を勉強しなおして、たくさんのミュージシャンと音を奏でたい!
僕自身ミュージシャン山田にまた会えるのが楽しみです!
そしてなによりまたみんなに会いたい!
会いにゆくよ!
ちえみジョーンズさん、カナダのトロントで憧れのミュージシャン、ロンセクスミスのメンバーと一緒にレコーディングをされたそうで、満面の笑みでスタジオ入りしている彼女の写真がアップされていましたよ!
以前、一緒にライブをしませんか? とお誘いの電話を頂いたことがあったんですけど、断っちゃったことがありました。いま考えたらもったいない話でしたね。
いままで僕のラジオ番組にたくさんのミュージシャンをお招きしてきました。
下地勇さん、ちえみジョーンズさん、jimamaさんからも番組宛にメッセージを頂きましたし、そうそう遠藤ミチロウさんのインタビューもしたなあ。
それだけでなくって、インディーズで活動しているコミックミュージシャンのナオキ屋さんとか、東京の稲葉ナオキさん、アウフライツのROZAさんも忘れられないゲストです。
大好きなミュージシャンを番組にお招きできるっていうのは、リスナーのみなさんと同じように、いやもしかしたらそれ以上に? 夢見心地なひとときなんですよ。
たま〜にね
ライブ後 「握手して下さい!」って言われたり、「こないだの放送がおもしろくてスタジオに遊びにきました」なんていわれると、こっちが逆に涙が出るくらいうれしくて感謝の気持でいっぱいになります。時々忘れそうになるんですけど、いつでもいつまでも謙虚な気持を忘れないで活動してゆかなくちゃですね。
僕は東京のライブハウス、渋谷アピアという場所で音楽活動をはじめたんですけど、もうあれから十年以上たちますが、いまでもアピア出身というのに誇りをもっています。僕にとっての誇りってなんだろうねえ?たぶんプライドとは違うな。やっぱ純粋な気持ち、謙虚な気持ちを忘れないで活動してゆくことが僕にとっての誇りです。
しばらく遠ざかっていましたけど、スタジオ入り再開します。改めて楽器を勉強しなおして、たくさんのミュージシャンと音を奏でたい!
僕自身ミュージシャン山田にまた会えるのが楽しみです!
そしてなによりまたみんなに会いたい!
会いにゆくよ!
Posted by 山田ばさらよっしー at
07:10
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2006年07月30日
またいんすたれ〜しょん ですかい?
この前観たとあるアートイベントに納得ゆかなくて、この2・3日ずっと悶々としていた。
こんな時いつも僕は悩んでしまう。
この思いは自分の中だけにしまっておけばいい。どうせ誰もこんな事気に留めないんだし、言った分だけ嫌われてしまうぜ という思いと
いや、アートに関わっている自分には責任がある。納得ゆかないところはちゃんと伝えるべきなんじゃないか という思いが行きかう。
“黙って見過ごせよ”
“いや、ちゃんと言うべきだぜ”
“ばかだね言うだけ疲れるだけだぜ”
“いや、もしかしたら僕の言葉で伝わることだって・・・・・”
僕には苦い思い出がある・・・
アートイベントに関われば関わる程、納得行かないことばかりで、いままでよく喧嘩をふっかけてきた
例えば助成金。
これは国や県、または企業から頂くお金だ
ほとんどのアートイベントはこの助成金で運営してゆくのだが、最近のアートイベントを見ているとこの助成金を無駄使いしているようにしかみえないものが多すぎる。
僕は助成金を受けるな と言っているわけじゃない。大事に扱ってくれよ と言っているだけ!そうじゃなかったらアートを愛しているみんなで3万円お金を出し合って運営したらいいじゃん ただそれだけの事だ。
空き店舗を利用しての作品展示ですか?
しかし、マップを利用して行ってみたんですが、誰もいません。子供が2・3人中で遊んでいるんだけど、管理している人はいないんですか? もっとはっきりいいましょう。こんな環境の展示作品は鑑賞以前の問題です。それだったら、『ここは空き店舗を利用しての学校帰りの子供の遊び場です。管理人はいません。展示も実はやってたりします』ってはっきりと明記して下さい。
こんなこといつまで続けるんですか?
僕がこんなことを言うと批判しているように聞こえるかもしれませんが
とんでもない!!!
僕はこういうアートイベントは素晴らしいことだって思っています
そして僕も関わったことがあるから運営が大変なことだって知っています
でも、ほんの少し、あとほんのわずか1センチだけ工夫すればいいアートイベントに転がんです。それはもったいないことです。
ねえ、アートに関わっているみなさん、アートなんて くだらない ってたかをくくっている人たち(ほとんどの人がそうでしょ?)を振り向かせるようなものをつくって行こうよ!
アートの力なんて信じていない僕がいうのもなんだけどさ
もっとアートを愛してくれよ
アートを大事にあつかってくださいよ
ねえ 単純なことでしょ?
こんな時いつも僕は悩んでしまう。
この思いは自分の中だけにしまっておけばいい。どうせ誰もこんな事気に留めないんだし、言った分だけ嫌われてしまうぜ という思いと
いや、アートに関わっている自分には責任がある。納得ゆかないところはちゃんと伝えるべきなんじゃないか という思いが行きかう。
“黙って見過ごせよ”
“いや、ちゃんと言うべきだぜ”
“ばかだね言うだけ疲れるだけだぜ”
“いや、もしかしたら僕の言葉で伝わることだって・・・・・”
僕には苦い思い出がある・・・
アートイベントに関われば関わる程、納得行かないことばかりで、いままでよく喧嘩をふっかけてきた
例えば助成金。
これは国や県、または企業から頂くお金だ
ほとんどのアートイベントはこの助成金で運営してゆくのだが、最近のアートイベントを見ているとこの助成金を無駄使いしているようにしかみえないものが多すぎる。
僕は助成金を受けるな と言っているわけじゃない。大事に扱ってくれよ と言っているだけ!そうじゃなかったらアートを愛しているみんなで3万円お金を出し合って運営したらいいじゃん ただそれだけの事だ。
空き店舗を利用しての作品展示ですか?
しかし、マップを利用して行ってみたんですが、誰もいません。子供が2・3人中で遊んでいるんだけど、管理している人はいないんですか? もっとはっきりいいましょう。こんな環境の展示作品は鑑賞以前の問題です。それだったら、『ここは空き店舗を利用しての学校帰りの子供の遊び場です。管理人はいません。展示も実はやってたりします』ってはっきりと明記して下さい。
こんなこといつまで続けるんですか?
僕がこんなことを言うと批判しているように聞こえるかもしれませんが
とんでもない!!!
僕はこういうアートイベントは素晴らしいことだって思っています
そして僕も関わったことがあるから運営が大変なことだって知っています
でも、ほんの少し、あとほんのわずか1センチだけ工夫すればいいアートイベントに転がんです。それはもったいないことです。
ねえ、アートに関わっているみなさん、アートなんて くだらない ってたかをくくっている人たち(ほとんどの人がそうでしょ?)を振り向かせるようなものをつくって行こうよ!
アートの力なんて信じていない僕がいうのもなんだけどさ
もっとアートを愛してくれよ
アートを大事にあつかってくださいよ
ねえ 単純なことでしょ?
Posted by 山田ばさらよっしー at
19:11
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2006年07月28日
ホールド オン
今日は市役所へ行ったり、久しぶりにアートセンターに顔を出したり、沖縄市銀天街でのギャラリ−展示をみに行ったりと、ハードなスケジュールでした。
僕はギャラリー展示をみるととてもぐったりしてしまいます。おそらく農業の体力の使いかたとは違うんでしょう。尋常じゃないくらいに疲れます。いまパソコンに向かってキーボードを打つのさえ辛い。さっきまで長いソファーに横になっていたんですが、天井を見上げ、指が動くのを確かめ、おなかが空気を吸ったり吐いたりしながら動いているのを見て、自分がちゃんと生きていることを感じていました。
前島アートセンター事務の平良さんに
「どうしたんですか?まぶたが泣いた後みたいになっていますよ」と言われて、その時はごまかしたんですけれど、実は睡眠不足と、役所疲れと、作品鑑賞疲れが重なって、どうしようもない状態だったんです。
僕はアートのために自分が動くのではなく
自分のためにアートを感じたい
そして僕が感じた世界をみなさんにお伝えしたい
嘘でもいいからアートってほんとに ほんとにいいねえ
ってラジオで叫んでゆきます
もうこれは僕の使命だなと思っています
この日記ではじめていいますけど、僕は自分のラジオにすっごい誇りをもっているんです。どんなに疲れていても、ラジオがオンエアーされた瞬間 窮屈な世界から僕は自由になれるんです。その一瞬のためにいま僕は生きています。リスナーと会話できる最高のライブです。
ジョンレノンの歌にね “HOLD ON JHON” って自分自身を励ます歌があります
「ジョン大丈夫だよ。ヨーコ、大丈夫さ。きっとうまく行くよ大丈夫」
っていうただそれだけの歌なんです。でもこんなにいま疲れていると、ジョンがどうしてこんな歌をつくったのかわかるような気がします。
よっしー大丈夫だよ
よっしーきっとうまくゆくさ
心配しないで

(前島アートセンター 石垣克子さんの展示作品 素敵でしょ?)
僕はギャラリー展示をみるととてもぐったりしてしまいます。おそらく農業の体力の使いかたとは違うんでしょう。尋常じゃないくらいに疲れます。いまパソコンに向かってキーボードを打つのさえ辛い。さっきまで長いソファーに横になっていたんですが、天井を見上げ、指が動くのを確かめ、おなかが空気を吸ったり吐いたりしながら動いているのを見て、自分がちゃんと生きていることを感じていました。
前島アートセンター事務の平良さんに
「どうしたんですか?まぶたが泣いた後みたいになっていますよ」と言われて、その時はごまかしたんですけれど、実は睡眠不足と、役所疲れと、作品鑑賞疲れが重なって、どうしようもない状態だったんです。
僕はアートのために自分が動くのではなく
自分のためにアートを感じたい
そして僕が感じた世界をみなさんにお伝えしたい
嘘でもいいからアートってほんとに ほんとにいいねえ
ってラジオで叫んでゆきます
もうこれは僕の使命だなと思っています
この日記ではじめていいますけど、僕は自分のラジオにすっごい誇りをもっているんです。どんなに疲れていても、ラジオがオンエアーされた瞬間 窮屈な世界から僕は自由になれるんです。その一瞬のためにいま僕は生きています。リスナーと会話できる最高のライブです。
ジョンレノンの歌にね “HOLD ON JHON” って自分自身を励ます歌があります
「ジョン大丈夫だよ。ヨーコ、大丈夫さ。きっとうまく行くよ大丈夫」
っていうただそれだけの歌なんです。でもこんなにいま疲れていると、ジョンがどうしてこんな歌をつくったのかわかるような気がします。
よっしー大丈夫だよ
よっしーきっとうまくゆくさ
心配しないで

(前島アートセンター 石垣克子さんの展示作品 素敵でしょ?)
Posted by 山田ばさらよっしー at
19:43
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2006年07月28日
がまん汁
最近 あまり寝ていません
ここのところ 2〜3時間睡眠の日が続いています。
年末の菊の出荷に向けて、僕らの農園もこれから忙しくなります
今日はMさんの菊の苗を摘みに山へ行きました。

菊の苗をどんぴしゃの長さで摘むってのもなかなか難しくてね
去年は社長に「これは長すぎ!」 「これは短かすぎ!」
ってよく注意されました。
どうやったら程よい長さに摘めるんだろう? と思ってトーシーに聞いたら
“横からみて目で長さを追いながら摘むんだよ”ってアドバイスをもらってね、その通りに摘んでみたら以前よりもだいぶん良くなってきたように思います。
今日暑かったでしょう?
で睡眠不足でしょう?
苗摘んでいたら蚊がぶんぶんうなっているし
やっと俺も病院へ行けるかな!! と期待していたんですが、ほんと嫌になるくらい体だけは丈夫でしてね、頭は悪いのに(笑)
悔しかったので仕事終えてあと5キロばかり走ってきました(笑)
さっきの苗摘みの話じゃないけどね、これからは技術をしっかりと持っている人がどんな世界でも生き残れる、逆にいえば技術のない人はどんどん死んでゆく、そんな時代になると思います。
こないだ中学生の女の子に
「ミュージシャンになりたいんだけど よっしーはどう思う?」
って聞かれました
高校は? って聞いたら
高校には行かないで美容師の学校に行く って言うので
「じゃあ よっしーと約束してよ。ミュージシャンになる夢はもってて追い続けていいからさ、美容師の資格は絶対とるって約束して」
って言ったらうなづいてました
ラジオのリスナーのみなさんにも言っておきますが、僕みたいな生き方はあまりおすすめしません。
週に一度あほあほよっしーの声を聞いて笑っているだけのほうが幸せですよ(笑)
スワンの涙って知っています?
水鳥は池の上を優雅に気持よく泳いでいるようにみえて、実は見えない水の下では必死に足をばたばたさせて漕いでいる
僕のラジオ番組は
スワンの涙 ならぬ あほあほよっしーのがまん汁 で出来ているんです(笑)
ここのところ 2〜3時間睡眠の日が続いています。
年末の菊の出荷に向けて、僕らの農園もこれから忙しくなります
今日はMさんの菊の苗を摘みに山へ行きました。

菊の苗をどんぴしゃの長さで摘むってのもなかなか難しくてね
去年は社長に「これは長すぎ!」 「これは短かすぎ!」
ってよく注意されました。
どうやったら程よい長さに摘めるんだろう? と思ってトーシーに聞いたら
“横からみて目で長さを追いながら摘むんだよ”ってアドバイスをもらってね、その通りに摘んでみたら以前よりもだいぶん良くなってきたように思います。
今日暑かったでしょう?
で睡眠不足でしょう?
苗摘んでいたら蚊がぶんぶんうなっているし
やっと俺も病院へ行けるかな!! と期待していたんですが、ほんと嫌になるくらい体だけは丈夫でしてね、頭は悪いのに(笑)
悔しかったので仕事終えてあと5キロばかり走ってきました(笑)
さっきの苗摘みの話じゃないけどね、これからは技術をしっかりと持っている人がどんな世界でも生き残れる、逆にいえば技術のない人はどんどん死んでゆく、そんな時代になると思います。
こないだ中学生の女の子に
「ミュージシャンになりたいんだけど よっしーはどう思う?」
って聞かれました
高校は? って聞いたら
高校には行かないで美容師の学校に行く って言うので
「じゃあ よっしーと約束してよ。ミュージシャンになる夢はもってて追い続けていいからさ、美容師の資格は絶対とるって約束して」
って言ったらうなづいてました
ラジオのリスナーのみなさんにも言っておきますが、僕みたいな生き方はあまりおすすめしません。
週に一度あほあほよっしーの声を聞いて笑っているだけのほうが幸せですよ(笑)
スワンの涙って知っています?
水鳥は池の上を優雅に気持よく泳いでいるようにみえて、実は見えない水の下では必死に足をばたばたさせて漕いでいる
僕のラジオ番組は
スワンの涙 ならぬ あほあほよっしーのがまん汁 で出来ているんです(笑)
Posted by 山田ばさらよっしー at
01:54
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2006年07月26日
ユーモアですよ!
いまでも小学校、中学校時代の友人にあうと
「義仁元気だったねえ!」の後で
「あんたのお母さん奇麗だったよね!」とたいてい言われます
授業参観の時はいつも母がひとり目立つので
「お母さんお願いだから あまり派手な服着ないでよ!」
と僕が言うと
「これがお母さんの普段着なんだよ」
と母が答える
僕がいうのも変だけれど
ほんとにすごい人でしたね
でも完璧すぎる母が昔は嫌で嫌でたまらなかった
僕の作文が県で入選した時は
僕の書いた文章をお袋がほとんど訂正しての受賞だったし
僕の解けない一流学校の数学の問題とかすらすら解いちゃうんです・・・・・
親父に真顔で
「お前 お母さんの子なんだからもっとできるだろう!!!」
って言われた時はショックでしたけどね
親父の子だから出来ないんだよ!!!(笑)
ある年、沖縄の作家さんが芥川賞を受賞しました。
その作品を読んだ母が
「これが芥川賞なんて信じられない!」
と僕に言うんです。
とても傲慢な言葉に聞こえると思いますが、確かに母だったら最高の小説を書いただろうと思います。
美人で
頭がよくて
スポーツもできて
字も達筆でした
出来の悪い僕にはもったいない母です
そんな母を忘れたくていつも僕は忙しくしているのかもしれません
いま病床の母のベッドにはメッセージボードがあって
『ユーモア』
と大きくかかれています
寝たきりになってもユーモアを忘れないようにと心がけている母
そんな母をしっかりと看てやれていない自分が本当に情けない。
母が倒れて後知った事ですが
母の名前は 『照子』 というのですが
なぜかずっと 『輝子』 という名前で生きていました。
たぶん 輝く の てる の方が本人はよかったのでしょう
だから役所へ行って母の名前を書くたんびにいつもつっかえてしまいます
名は体を表すといいますが
あの頃の母は確かに輝いて 輝いて 輝きまくっていました
けれどいま暗く曲がりくねった僕の道を照らしてくれる母も素敵
多分、母はもう長く生きられないでしょう
親孝行するなんて事は口がさけても言えませんが
せめていまよりもっとしっかり地に足をつけて生きる男になって、お袋を安心させてあげなくちゃと思っています。
「義仁元気だったねえ!」の後で
「あんたのお母さん奇麗だったよね!」とたいてい言われます
授業参観の時はいつも母がひとり目立つので
「お母さんお願いだから あまり派手な服着ないでよ!」
と僕が言うと
「これがお母さんの普段着なんだよ」
と母が答える
僕がいうのも変だけれど
ほんとにすごい人でしたね
でも完璧すぎる母が昔は嫌で嫌でたまらなかった
僕の作文が県で入選した時は
僕の書いた文章をお袋がほとんど訂正しての受賞だったし
僕の解けない一流学校の数学の問題とかすらすら解いちゃうんです・・・・・
親父に真顔で
「お前 お母さんの子なんだからもっとできるだろう!!!」
って言われた時はショックでしたけどね
親父の子だから出来ないんだよ!!!(笑)
ある年、沖縄の作家さんが芥川賞を受賞しました。
その作品を読んだ母が
「これが芥川賞なんて信じられない!」
と僕に言うんです。
とても傲慢な言葉に聞こえると思いますが、確かに母だったら最高の小説を書いただろうと思います。
美人で
頭がよくて
スポーツもできて
字も達筆でした
出来の悪い僕にはもったいない母です
そんな母を忘れたくていつも僕は忙しくしているのかもしれません
いま病床の母のベッドにはメッセージボードがあって
『ユーモア』
と大きくかかれています
寝たきりになってもユーモアを忘れないようにと心がけている母
そんな母をしっかりと看てやれていない自分が本当に情けない。
母が倒れて後知った事ですが
母の名前は 『照子』 というのですが
なぜかずっと 『輝子』 という名前で生きていました。
たぶん 輝く の てる の方が本人はよかったのでしょう
だから役所へ行って母の名前を書くたんびにいつもつっかえてしまいます
名は体を表すといいますが
あの頃の母は確かに輝いて 輝いて 輝きまくっていました
けれどいま暗く曲がりくねった僕の道を照らしてくれる母も素敵
多分、母はもう長く生きられないでしょう
親孝行するなんて事は口がさけても言えませんが
せめていまよりもっとしっかり地に足をつけて生きる男になって、お袋を安心させてあげなくちゃと思っています。
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03:17
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2006年07月25日
やんばるの朝
7月24(月)のゲスト 名桜大学助教授 田代豊さん
田代さんとは、前島アートセンターでのシンポジウムの席が隣りだったのがきっかけで、こうしてもう2年以上もおつきあいさせて頂いています。
子供のように眼を輝かせて、サイエンスのこと、アートについての思いを語る田代さんの顔をみるたび元気をもらっています。
ちいさな“シマ”の美術館2006 という展覧会が8月2日からはじまります。
去年、この小さな“シマ”の美術館 の展評を、田代さんからのお誘いで琉球新報に書かせて頂きました。僕みたいな未熟な人間が新聞の記事を、しかもアートについて書けるわけがない! と何度も何度も悩みましたが、これもチャレンジだ と思い引き受けました。どんなに頭をひねっても言葉が出てこなくて、明け方3時過ぎに車を出して国頭の朝を見に行ったことを覚えています。
あれから1年たったんですね
先日、この ちいさな“シマ”の美術館 の実行委員代表 大木道雄さんからシンポジウム参加の投げかけがありました。
僕はいま菊作りに従事していてね、やっぱり自分自身の中に矛盾があることがわかっているんです。「この展覧会は動物・自然も巻き込んだ夢の競演だ」なんて記事を自分で書いておきながら、畑でハブやカエルを殺してしまうことがある。やんばるで見た時のカラスはとてもたくましくみえたのに、仕事場でみると疎ましい。
それでもやっぱり参加したいのは、やはり去年やんばるの朝にみた蝶やイボイモリ、カラスたちがいまでも忘れられないんです。やんばるに恋してるんですね。そして去年と違って農業に従事している立場からの生の声をみなさんにお伝えできるのではないかという思いがあるからなんです。
そして何よりヤンバルで出会った大木道雄さん、そして田代豊さんが好きで好きでたまらないんです。

(写真 ちいさな“シマ”の美術館2005 の会場 楚洲区公民館)
田代さんとは、前島アートセンターでのシンポジウムの席が隣りだったのがきっかけで、こうしてもう2年以上もおつきあいさせて頂いています。
子供のように眼を輝かせて、サイエンスのこと、アートについての思いを語る田代さんの顔をみるたび元気をもらっています。
ちいさな“シマ”の美術館2006 という展覧会が8月2日からはじまります。
去年、この小さな“シマ”の美術館 の展評を、田代さんからのお誘いで琉球新報に書かせて頂きました。僕みたいな未熟な人間が新聞の記事を、しかもアートについて書けるわけがない! と何度も何度も悩みましたが、これもチャレンジだ と思い引き受けました。どんなに頭をひねっても言葉が出てこなくて、明け方3時過ぎに車を出して国頭の朝を見に行ったことを覚えています。
あれから1年たったんですね
先日、この ちいさな“シマ”の美術館 の実行委員代表 大木道雄さんからシンポジウム参加の投げかけがありました。
僕はいま菊作りに従事していてね、やっぱり自分自身の中に矛盾があることがわかっているんです。「この展覧会は動物・自然も巻き込んだ夢の競演だ」なんて記事を自分で書いておきながら、畑でハブやカエルを殺してしまうことがある。やんばるで見た時のカラスはとてもたくましくみえたのに、仕事場でみると疎ましい。
それでもやっぱり参加したいのは、やはり去年やんばるの朝にみた蝶やイボイモリ、カラスたちがいまでも忘れられないんです。やんばるに恋してるんですね。そして去年と違って農業に従事している立場からの生の声をみなさんにお伝えできるのではないかという思いがあるからなんです。
そして何よりヤンバルで出会った大木道雄さん、そして田代豊さんが好きで好きでたまらないんです。
(写真 ちいさな“シマ”の美術館2005 の会場 楚洲区公民館)
Posted by 山田ばさらよっしー at
01:22
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2006年07月23日
沈黙の春
明日のRAINのゲスト 名桜大学助教授の田代豊さんです
田代さんは僕と出会った時からずっと、アートとサイエンスの結びつきを訴えている方で
数少ないソウルメイトの一人だと僕自身は勝手に思っています(笑)
今日 調べていてわかったんですが、田代さんは1995年に沖永良部島についての本を書かれているんですね。
花と鍾乳洞の島であるからこそ、島のわき水、地下水が汚染されて農薬と化学肥料の島になっている という美しい沖永良部島の“裏の事実”を田代さんは著わされたそうです。
沖永良部島には菊農家がたくさんいる と以前から聞いていたので、田代さんが以前このような本を書いていた事実を知ると、いま菊作りに従事している僕は不思議な結びつきを感じてしまいます。田代さんと出会った当時は僕は菊作りをしているなんてこれっぽちも思っていなかったから!
レイチェル・カーソンという作家がいます。
いまから40年以上前に、化学薬品・農薬の恐ろしい実体を危惧して、“沈黙の春”という不朽の名作を書かれた方です。“沈黙の春”についての特集も明日する予定なので、興味のある方は是非聞いてみて下さい。
それにしても、田代さん。以前からなぜかこんな僕のことを認めて下さっています。かたや貧乏はるさ〜職員、かたや大学助教授
なのにねえ(笑)

レイチェルカーソン “沈黙の春”
田代さんは僕と出会った時からずっと、アートとサイエンスの結びつきを訴えている方で
数少ないソウルメイトの一人だと僕自身は勝手に思っています(笑)
今日 調べていてわかったんですが、田代さんは1995年に沖永良部島についての本を書かれているんですね。
花と鍾乳洞の島であるからこそ、島のわき水、地下水が汚染されて農薬と化学肥料の島になっている という美しい沖永良部島の“裏の事実”を田代さんは著わされたそうです。
沖永良部島には菊農家がたくさんいる と以前から聞いていたので、田代さんが以前このような本を書いていた事実を知ると、いま菊作りに従事している僕は不思議な結びつきを感じてしまいます。田代さんと出会った当時は僕は菊作りをしているなんてこれっぽちも思っていなかったから!
レイチェル・カーソンという作家がいます。
いまから40年以上前に、化学薬品・農薬の恐ろしい実体を危惧して、“沈黙の春”という不朽の名作を書かれた方です。“沈黙の春”についての特集も明日する予定なので、興味のある方は是非聞いてみて下さい。
それにしても、田代さん。以前からなぜかこんな僕のことを認めて下さっています。かたや貧乏はるさ〜職員、かたや大学助教授
なのにねえ(笑)

レイチェルカーソン “沈黙の春”
Posted by 山田ばさらよっしー at
20:57
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2006年07月21日
ゴルフ
ゴルフは奥が深い
はじめて社長に連れてもらって打ったときはあんなにおもしろいようにまっすぐに飛んでいたのに
2回目は 当たらない 飛ばない スイングがばらばら
ゴルフがこんなに奥が深いものだとは思わなかった
クラブの握り、足幅、ボールの位置、目線、軌道・・・・・ゴルフはイメージの世界だ
どうしても力まかせに飛ばしたくなるのだけれど、そうじゃなくってしっかりミートさせることなんだ。それと何より大切なのは集中力です。
僕は剣道を詳しくは知らないけれど、教えを受けた時に、武士が剣を持つ時の目の位置や、振り、どっしりと重心を低く構える姿と重なるような気がした。
親父は20代の頃、ゴルフがものすごくうまかったらしい。
どのくらいうまかったのか というと、沖縄代表で九州大会に参加するくらいのレベルだったそうだ・・・・ 親父はその過去を消したいみたいで、親父の口からはほとんどゴルフの話はなかったけれど、親父の兄弟からトロフィーがたくさん飾られていたことを聞いたことがある
「なぜやめたの?」
と聞くと
「これではプロになっても飯が食えないと思ったから」
と言っていた
そしてかなり痛い目にあったのでもうこりごりだ とも語っていた
縁とは不思議ですね
多分 僕みずからゴルフをはじめようなんて絶対思わなかったと思う。それが社長に誘われてレンジに通うようになって・・・・・・
親父! 俺 ゴルフはじめたよ!!!
って伝えたら一体なんて言ってくれるだろう?
はじめて社長に連れてもらって打ったときはあんなにおもしろいようにまっすぐに飛んでいたのに
2回目は 当たらない 飛ばない スイングがばらばら
ゴルフがこんなに奥が深いものだとは思わなかった
クラブの握り、足幅、ボールの位置、目線、軌道・・・・・ゴルフはイメージの世界だ
どうしても力まかせに飛ばしたくなるのだけれど、そうじゃなくってしっかりミートさせることなんだ。それと何より大切なのは集中力です。
僕は剣道を詳しくは知らないけれど、教えを受けた時に、武士が剣を持つ時の目の位置や、振り、どっしりと重心を低く構える姿と重なるような気がした。
親父は20代の頃、ゴルフがものすごくうまかったらしい。
どのくらいうまかったのか というと、沖縄代表で九州大会に参加するくらいのレベルだったそうだ・・・・ 親父はその過去を消したいみたいで、親父の口からはほとんどゴルフの話はなかったけれど、親父の兄弟からトロフィーがたくさん飾られていたことを聞いたことがある
「なぜやめたの?」
と聞くと
「これではプロになっても飯が食えないと思ったから」
と言っていた
そしてかなり痛い目にあったのでもうこりごりだ とも語っていた
縁とは不思議ですね
多分 僕みずからゴルフをはじめようなんて絶対思わなかったと思う。それが社長に誘われてレンジに通うようになって・・・・・・
親父! 俺 ゴルフはじめたよ!!!
って伝えたら一体なんて言ってくれるだろう?
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2006年07月19日
遊ぶこと
わが農園にトラクターがやってきたよ!
52馬力の頼もしい奴です。

火曜日の夜、社長と一緒にはじめてゴルフの打ちっぱなしに行ってきました。
はじめはまともにボールに当てることさえ出来なかったのですが、社長と社長の友達のアドバイスでだんだん飛ぶようになり
最後には
「お前素質があるよ!」とお褒めの言葉を頂きました。
なんとゴルフ中、ニューヨーク在住の兄貴、勇賢から電話があって
いま沖縄に帰ってきているから少し会わないか とのことで
うちの社長と兄貴の初の対談が実現しました
社長も兄貴もどちらも普通の人にはわからない言葉を操る人間なので、会話がなりたつのだろうか? と思いきやそこはさすが宇宙人同士! 未知なるパワーでコミュニケーションを成立させていました。
僕にとっては社長も兄貴も大事な存在で、そんなふたりがこうしてはじめて対面しているのを見ると、なんとなく誇らしくて、でも少しだけ気恥ずかしいような気持でした。
ゴルフ後、社長のおごりでレストランへ。 あ、ゴルフもおごりでしたけど 笑 (社長の名誉のために)
僕はいままで遊びというものを知らないで生きてきた人間です。
もっと息抜きしたら? とか
お前すきまがないよ と言われても
遊び方を知らない僕にはそんなこと言われてもしょうがないじゃん という感じでした
でも社長と出会って「仕事も遊びも本気バージョンで」と口酸っぱく言われ。ゴルフやボーリング、カラオケに無理矢理ひっぱられるうちに、遊ぶというのはこういう事なんだ
というのをはじめて教わりました。
俺は何がしたいんだろう・・・・
抽象的な言葉になりますが、僕のように遊び方をしらない少年少女っていうのがこれからますます増えて行くような気がするんです。そんなかれらと対話してゆくような仕事がしたい。それが僕にとっての癒しになる。そんな気がします。
社長に出会って人生が変わりました
変わって行く自分
変わらない自分
どちらも大切な自分です
52馬力の頼もしい奴です。

火曜日の夜、社長と一緒にはじめてゴルフの打ちっぱなしに行ってきました。
はじめはまともにボールに当てることさえ出来なかったのですが、社長と社長の友達のアドバイスでだんだん飛ぶようになり
最後には
「お前素質があるよ!」とお褒めの言葉を頂きました。
なんとゴルフ中、ニューヨーク在住の兄貴、勇賢から電話があって
いま沖縄に帰ってきているから少し会わないか とのことで
うちの社長と兄貴の初の対談が実現しました
社長も兄貴もどちらも普通の人にはわからない言葉を操る人間なので、会話がなりたつのだろうか? と思いきやそこはさすが宇宙人同士! 未知なるパワーでコミュニケーションを成立させていました。
僕にとっては社長も兄貴も大事な存在で、そんなふたりがこうしてはじめて対面しているのを見ると、なんとなく誇らしくて、でも少しだけ気恥ずかしいような気持でした。
ゴルフ後、社長のおごりでレストランへ。 あ、ゴルフもおごりでしたけど 笑 (社長の名誉のために)
僕はいままで遊びというものを知らないで生きてきた人間です。
もっと息抜きしたら? とか
お前すきまがないよ と言われても
遊び方を知らない僕にはそんなこと言われてもしょうがないじゃん という感じでした
でも社長と出会って「仕事も遊びも本気バージョンで」と口酸っぱく言われ。ゴルフやボーリング、カラオケに無理矢理ひっぱられるうちに、遊ぶというのはこういう事なんだ
というのをはじめて教わりました。
俺は何がしたいんだろう・・・・
抽象的な言葉になりますが、僕のように遊び方をしらない少年少女っていうのがこれからますます増えて行くような気がするんです。そんなかれらと対話してゆくような仕事がしたい。それが僕にとっての癒しになる。そんな気がします。
社長に出会って人生が変わりました
変わって行く自分
変わらない自分
どちらも大切な自分です
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05:08
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2006年07月15日
鬼
やあみんな 一週間元気にしてたかい!
僕はこの一週間、ほんとにいろんなことがあったよ。
言葉にできないくらいの事件がこれでもか これでもか というくらいに
筆舌に尽くし難い とはまさにこのことだね
僕は最近 鬼 についてよく考えている
鬼 ってのはなんだろうか?
鬼ってのは悪者なんだという風にずっと教えられてきた
でも本当にそうだろうか?
沖縄には “肝高のあまわり” なんて話があるけど、その地方の英雄が、別の地方(ウチナーグチでいえば たしま?)では大悪党として語り継がれているということがある。
“人間ほどおそろしいものはない”
これは僕の好きな写真家、石川真生さんの言葉だ
人間ほどおそろしいものはない ほんとにその通りだと思う
この間こんなことがあった・・・・
昼飯の時間、僕は社長にある知人のことを話した
そいつがいままでどれだけの犯罪を犯してきたか それがどれだけ社会的に重たいものなのかを具体的にいくつも伝えた。
僕の話を聞いたあと、社長が訊ねた・・・・
「その人は奥さんや子供がいるのか?」
はい,こんなひどい人間なのに子煩悩で家族にはとっても優しいんです・・
というと
「すごいな〜 その人はすごい人間だよ。なれるもんなら俺もなりたいよ」
と答えた
社長にはかなわないや ・・・・
僕はいままで勇気とか愛なんていう言葉を使うのをずっと避けてきたんだ
けれど、今日は勇気を振り絞って伝えたい
愛する人のためにこれ以上ふらふらしているわけにはゆかない
僕はもう
アートの力を信じない
音楽の力を信じない
ラジオの力を信じない
なにかに身を委ねて生きることにほとほと疲れてしまった
このままでは情けないままくたばってしまう
僕は僕を信じる
僕の目でみて 手で触れて
耳で聞いて 心に触れて 感じたものを信じる
僕の中に棲んでいる鬼だって信じる
僕のすべての友人へ
命あってこその物語だぜ
このままでくたばってしまうなんて
お互いくそくらえだろ?
そうだろ?
絶対そうだよ!!!
僕はこの一週間、ほんとにいろんなことがあったよ。
言葉にできないくらいの事件がこれでもか これでもか というくらいに
筆舌に尽くし難い とはまさにこのことだね
僕は最近 鬼 についてよく考えている
鬼 ってのはなんだろうか?
鬼ってのは悪者なんだという風にずっと教えられてきた
でも本当にそうだろうか?
沖縄には “肝高のあまわり” なんて話があるけど、その地方の英雄が、別の地方(ウチナーグチでいえば たしま?)では大悪党として語り継がれているということがある。
“人間ほどおそろしいものはない”
これは僕の好きな写真家、石川真生さんの言葉だ
人間ほどおそろしいものはない ほんとにその通りだと思う
この間こんなことがあった・・・・
昼飯の時間、僕は社長にある知人のことを話した
そいつがいままでどれだけの犯罪を犯してきたか それがどれだけ社会的に重たいものなのかを具体的にいくつも伝えた。
僕の話を聞いたあと、社長が訊ねた・・・・
「その人は奥さんや子供がいるのか?」
はい,こんなひどい人間なのに子煩悩で家族にはとっても優しいんです・・
というと
「すごいな〜 その人はすごい人間だよ。なれるもんなら俺もなりたいよ」
と答えた
社長にはかなわないや ・・・・
僕はいままで勇気とか愛なんていう言葉を使うのをずっと避けてきたんだ
けれど、今日は勇気を振り絞って伝えたい
愛する人のためにこれ以上ふらふらしているわけにはゆかない
僕はもう
アートの力を信じない
音楽の力を信じない
ラジオの力を信じない
なにかに身を委ねて生きることにほとほと疲れてしまった
このままでは情けないままくたばってしまう
僕は僕を信じる
僕の目でみて 手で触れて
耳で聞いて 心に触れて 感じたものを信じる
僕の中に棲んでいる鬼だって信じる
僕のすべての友人へ
命あってこその物語だぜ
このままでくたばってしまうなんて
お互いくそくらえだろ?
そうだろ?
絶対そうだよ!!!
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20:42
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2006年07月11日
言葉を燃やせ
リスナーが RAIN の見学に来て下さいました。
先週はじめてRAINを聞いてくださったようで
“変態アーティスト特集”おもしろかったよ〜またやって下さい とのことでした。
うれしいですね! こういう反応を頂くと、やっぱりがんばっておもしろい企画を届けて行かなくっちゃ という気持になります。
7月10日の RAIN では、『ポエトリーリディングライブ“RAIN” 』と称してたくさんの詩人、ミュージシャンたちの詩を朗読しました。
宮沢和史 『ぼくにできるすべて』
寺山修司 『原田芳雄の唄』
アレンギンズバーグ 『吠える』
山之口貘の 『世はさまざま』
ラジオってライブなんだ、言葉ってのは生き物なんだなあ ということを改めて知りました。リスナーの方が楽しんで聞いてくれたかはあやしいですけれど(笑)、僕は楽しかった。課題も見えてきたので、機会があれば 2回、3回と続けてゆきたいですね。
ラジオでも話したので繰り返しになりますけど、みなさんも言葉に絶望したりしないで、言葉の力を信じて行こうぜ という思いを込め今回こういう企画をたてたのが理由のひとつ。そして僕に言葉の素晴らしさ、美しさ、そして情けなさを教えてくれたすべてのミュージシャンに感謝と、僕も音楽戦線に入らせてもらいますよ、という覚悟の意味もこめての今回のポエトリーリーディングライブでした。
それでは、今日 RAIN では紹介できませんでしたが、親切にもこの僕のブログを読んで下さったみなさんに 特別 僕の好きな詩を紹介します
なんでもいいのさ 壊してしまえば
おまえはいつでも アナーキスト
壊れてゆくのは てめえばかり
ぬかみそになって オポチュニスト
吐き気がするほどロマンチィックだぜ
吐き気がするほどロマンチィックだぜ
誰でもいいのさ 手をつなげば
おまえはいつでも コミュニスト
ゴキブリになって 数だけふやし
手拍子とりだす スターリニスト
吐き気がするほどロマンチックだぜ
吐き気がするほどロマンチックだぜ
俺は湖に 舟を出す
嵐は舟を めちゃくちゃにたたく
まっくらな まっくらな
まっくらな ひかりが
もうたくさんだ おもらしが
おもらしが おもらしが
吐き気がするほどロマンチックだぜ
吐き気がするほどロマンチックだぜ

(“走っている列車の中で生まれた ゆえに故郷はない”)
先週はじめてRAINを聞いてくださったようで
“変態アーティスト特集”おもしろかったよ〜またやって下さい とのことでした。
うれしいですね! こういう反応を頂くと、やっぱりがんばっておもしろい企画を届けて行かなくっちゃ という気持になります。
7月10日の RAIN では、『ポエトリーリディングライブ“RAIN” 』と称してたくさんの詩人、ミュージシャンたちの詩を朗読しました。
宮沢和史 『ぼくにできるすべて』
寺山修司 『原田芳雄の唄』
アレンギンズバーグ 『吠える』
山之口貘の 『世はさまざま』
ラジオってライブなんだ、言葉ってのは生き物なんだなあ ということを改めて知りました。リスナーの方が楽しんで聞いてくれたかはあやしいですけれど(笑)、僕は楽しかった。課題も見えてきたので、機会があれば 2回、3回と続けてゆきたいですね。
ラジオでも話したので繰り返しになりますけど、みなさんも言葉に絶望したりしないで、言葉の力を信じて行こうぜ という思いを込め今回こういう企画をたてたのが理由のひとつ。そして僕に言葉の素晴らしさ、美しさ、そして情けなさを教えてくれたすべてのミュージシャンに感謝と、僕も音楽戦線に入らせてもらいますよ、という覚悟の意味もこめての今回のポエトリーリーディングライブでした。
それでは、今日 RAIN では紹介できませんでしたが、親切にもこの僕のブログを読んで下さったみなさんに 特別 僕の好きな詩を紹介します
なんでもいいのさ 壊してしまえば
おまえはいつでも アナーキスト
壊れてゆくのは てめえばかり
ぬかみそになって オポチュニスト
吐き気がするほどロマンチィックだぜ
吐き気がするほどロマンチィックだぜ
誰でもいいのさ 手をつなげば
おまえはいつでも コミュニスト
ゴキブリになって 数だけふやし
手拍子とりだす スターリニスト
吐き気がするほどロマンチックだぜ
吐き気がするほどロマンチックだぜ
俺は湖に 舟を出す
嵐は舟を めちゃくちゃにたたく
まっくらな まっくらな
まっくらな ひかりが
もうたくさんだ おもらしが
おもらしが おもらしが
吐き気がするほどロマンチックだぜ
吐き気がするほどロマンチックだぜ

(“走っている列車の中で生まれた ゆえに故郷はない”)
Posted by 山田ばさらよっしー at
01:25
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2006年07月09日
くたばれベートーベン
ある人に「いい曲を創りたい」と言ったら
「よっしーにとっていい曲って何なの?」 と聞かれたことがある
僕はその問いかけに答えることができなかった・・・・
僕はいまでもその答えを知らない
けれど、わかってきたことはある
じたばたしながらメロディをひねり、恥ずかしい言葉を吐いて吐いて吐きまくり、もうどこへも行けない・・・・とあきらめかけた時にぽっと出てくるものがある。
恋の歌をつくろうと意気込んでいたのに、気がついたら遠いアフリカのラクダ市の歌が出来上がってしまうことがある。
何年も何年もとりつかれた続けたある言葉が、ある日パズルのようにある言葉と重なる瞬間がある。
こりゃだめだ と思って捨てようとしていた歌なのに、「あの歌いいねえ」と言われることだってある。
なにかヒントがほしいと思って映画館に入るよりも、ただまっさらにスクリーンにのめりこんだほうがいい。
やりたいことはやっちまったほうがいい。でも、できないことを悔やむのもいい。人の言葉に多いに惑わされまくったあげく、やっぱり世界の中心は俺なんだと開き直ったほうがいい。
僕は僕。でも僕がどんな顔をしているのか僕にはわからない。
僕以外の誰かが僕の曲をつくることはできない。
そういうことがわかってきた。
僕が通っていた音楽学校には僕よりも歌のうまい生徒はごまんといた。天才と思えるようなギター弾きとスタジオに入ったことだってある。それなのにいまかれらはいない。泡のように消えてしまった・・・・
たぶん僕には音楽の才能があるんだと思う。少なくともミュージシャンの自分をあきらめないという才能は間違いなくあった
風の強い夜にひとり悶々としていたらそんなことを思ったよ。
台風さまさまだね(笑)
「よっしーにとっていい曲って何なの?」 と聞かれたことがある
僕はその問いかけに答えることができなかった・・・・
僕はいまでもその答えを知らない
けれど、わかってきたことはある
じたばたしながらメロディをひねり、恥ずかしい言葉を吐いて吐いて吐きまくり、もうどこへも行けない・・・・とあきらめかけた時にぽっと出てくるものがある。
恋の歌をつくろうと意気込んでいたのに、気がついたら遠いアフリカのラクダ市の歌が出来上がってしまうことがある。
何年も何年もとりつかれた続けたある言葉が、ある日パズルのようにある言葉と重なる瞬間がある。
こりゃだめだ と思って捨てようとしていた歌なのに、「あの歌いいねえ」と言われることだってある。
なにかヒントがほしいと思って映画館に入るよりも、ただまっさらにスクリーンにのめりこんだほうがいい。
やりたいことはやっちまったほうがいい。でも、できないことを悔やむのもいい。人の言葉に多いに惑わされまくったあげく、やっぱり世界の中心は俺なんだと開き直ったほうがいい。
僕は僕。でも僕がどんな顔をしているのか僕にはわからない。
僕以外の誰かが僕の曲をつくることはできない。
そういうことがわかってきた。
僕が通っていた音楽学校には僕よりも歌のうまい生徒はごまんといた。天才と思えるようなギター弾きとスタジオに入ったことだってある。それなのにいまかれらはいない。泡のように消えてしまった・・・・
たぶん僕には音楽の才能があるんだと思う。少なくともミュージシャンの自分をあきらめないという才能は間違いなくあった
風の強い夜にひとり悶々としていたらそんなことを思ったよ。
台風さまさまだね(笑)
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01:41
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2006年07月07日
石原先輩の事
石原さんという二つ上の先輩がいました
石原先輩は彼が二十歳の時に交通事故で亡くなりました
大学の学際の帰り、バイク運転中での事故だったそうです
いま自分がこの歳になってみて思うのですが、二十歳で亡くなるってのは本当に早過ぎる、ほんとに早過ぎますね。
石原先輩はいつも先生から目をつけられるようなやなわらばーでしたが、憎めないキャラ、そして何より、僕にやさしい先輩でした。
中学に入ってすぐ、錬成会という宿泊施設へ泊まりに行く学校行事があって、僕は石原先輩と同じ班になりました。先輩はその時期何か悪さをして、バツで頭が丸坊主。そんな先輩がとびっきりくだらないギャグをかましたのです。僕らの学校はカトリック系列の神学校。それにちなんでのギャグだったのでしょう。消灯で部屋が真っ暗になってあと・・・
「神よ髪を下さい!!!」
と祈っている先輩の声が聞こえました。
僕は先輩を思う時、いつもあの時のくだらないギャグを思い出します。
考えたらば、あの時 石原先輩は十五歳。
あれからたった五年後に亡くなってしまうんです・・・・
人は二度死ぬという話を聞いたことがあります。
一度目はこの世から肉体が滅びてしまった時。
そして二度目は、人々の記憶からその人が忘れ去られてしまった時 だそうです。
今日は七夕
遠い星に住んでいる石原先輩を思いながら、七夕の夜をおくっています
石原先輩は彼が二十歳の時に交通事故で亡くなりました
大学の学際の帰り、バイク運転中での事故だったそうです
いま自分がこの歳になってみて思うのですが、二十歳で亡くなるってのは本当に早過ぎる、ほんとに早過ぎますね。
石原先輩はいつも先生から目をつけられるようなやなわらばーでしたが、憎めないキャラ、そして何より、僕にやさしい先輩でした。
中学に入ってすぐ、錬成会という宿泊施設へ泊まりに行く学校行事があって、僕は石原先輩と同じ班になりました。先輩はその時期何か悪さをして、バツで頭が丸坊主。そんな先輩がとびっきりくだらないギャグをかましたのです。僕らの学校はカトリック系列の神学校。それにちなんでのギャグだったのでしょう。消灯で部屋が真っ暗になってあと・・・
「神よ髪を下さい!!!」
と祈っている先輩の声が聞こえました。
僕は先輩を思う時、いつもあの時のくだらないギャグを思い出します。
考えたらば、あの時 石原先輩は十五歳。
あれからたった五年後に亡くなってしまうんです・・・・
人は二度死ぬという話を聞いたことがあります。
一度目はこの世から肉体が滅びてしまった時。
そして二度目は、人々の記憶からその人が忘れ去られてしまった時 だそうです。
今日は七夕
遠い星に住んでいる石原先輩を思いながら、七夕の夜をおくっています
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22:43
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2006年07月05日
匂い
ゴーヤーを盛っている時、携帯電話を溝に落として濡らしてしまった
電話帳のデータをなくしてはいけないと、仕事後すぐにベスト電器へ行ったのだけど、この時間はもう機種変更ができないと言われた。
いま手書きで手帳に電話番号を書いているところだ。
携帯電話を持つようになってから10年近くになるが一度も番号を変えたことがない。こうして手書きで電話帳を書いていると、昔どこかで出会って、特別 理由はないけれど、どこかで会えなくなってしまった友人の番号が残っている
会いたい人がたくさんいる
かれらは僕を覚えているだろうか?
ほんとうに、ほんとうに、ほんとうに、ほんとうに
会いたい人がたくさんいる
でもどこかで会えなくなってしまった
ラジオ番組を番組を持っていると、仕事柄たくさんの人と連絡先を交換する。時には僕自身がファンだった人と電話番号を交換したりすることもある。けれど、だからと言って別に自慢にもならない。あくまでラジオパーソナリティーの山田よっしーである。
どこかで会う事がなくなってしまった友人の番号は眺めているだけで愛おしい。特別な匂いがする。

(ぼくらの畑のゴーヤー)
電話帳のデータをなくしてはいけないと、仕事後すぐにベスト電器へ行ったのだけど、この時間はもう機種変更ができないと言われた。
いま手書きで手帳に電話番号を書いているところだ。
携帯電話を持つようになってから10年近くになるが一度も番号を変えたことがない。こうして手書きで電話帳を書いていると、昔どこかで出会って、特別 理由はないけれど、どこかで会えなくなってしまった友人の番号が残っている
会いたい人がたくさんいる
かれらは僕を覚えているだろうか?
ほんとうに、ほんとうに、ほんとうに、ほんとうに
会いたい人がたくさんいる
でもどこかで会えなくなってしまった
ラジオ番組を番組を持っていると、仕事柄たくさんの人と連絡先を交換する。時には僕自身がファンだった人と電話番号を交換したりすることもある。けれど、だからと言って別に自慢にもならない。あくまでラジオパーソナリティーの山田よっしーである。
どこかで会う事がなくなってしまった友人の番号は眺めているだけで愛おしい。特別な匂いがする。

(ぼくらの畑のゴーヤー)
Posted by 山田ばさらよっしー at
23:15
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2006年07月04日
ポエトリーリーディング
宮沢和史のポエトリーリディングのDVDを期待しないで借りたのだけど・・・・
イメージとは裏腹にとてもスリリングな内容でした。

僕は高校から詩を書いています。10代に書いた詩はノート3冊ぶん、その詩集に“私事記”という名前をつけています。詩人の詩というのは小難しい。僕もランボーとか高村光太郎とか、田村なんとかとか(名前を思い出せない)、よごれちまったかなしみにとか、いろいろ読んでみたのだが、とうとうかれらとは友達になることはできませんでした。
ボブディラン、はっぴいえんど、佐野元春、宮沢和史、ブルーハーツのようなミュージシャンたちの歌詞から強い影響を受けたと思う。
佐野元春の歌を聞きながら詩を書くととても元気な言葉がたちがあふれてくるけれど、結局未完成ということが多い。なぜだろう・・・・
ブルーハーツを聞いて詩を書こうとすると、自分に言葉の才能がないのではないか と頭を抱えてしまう。
はっぴいえんどを聞いて詩を書くのは危険だ。言葉に酔ってしまってあとで読み返すと破りすててしまいたくなる。
ボブディランの言葉を聞いていると、まるで映画のワンシーンを観ているようでうっとりしてしまう。詩を書くどころじゃない
大学の時、THE BOOMの 宮沢さんのつくる歌をきいた(読んだ)時、とても自分と似ているような気がしたんです。宮沢さんは自分の言葉をあきらめているというか、自分の詩人としての才能にはじめから絶望していうように感じられた。それは詩だけではなく、彼は彼の声、歌唱力にについても絶望していたように思います。
今回 この宮沢さんのポエトリーリーディングをみて 大事なことは才能ではなくって言葉への愛情なんだと気づかされました
THE BOOM の名曲 『島唄』の歌詞で好きな言葉がある
うーじの森であなたと出会い
うーじの下で千代にさよなら
この歌詞をきくたんび 胸が苦しくなります。僕のおじいさんは戦争で外国へ行ってなくなりました。おじいの帰りを若かった僕のおばあはずっとずっと待っていたような気がします。
ある日おばあは突然、幼い僕の母に「あんた私の事うらんでいるでしょ?」とたずねたことがあったそうです。
うーじの森であなたと出会い
うーじの下で八千代の別れ
戦争当時、僕のおじいとおばあのようなストーリーがたくさんあったと思います。
島唄をつくった時、沖縄の知識人からかなり批判やおしかりの言葉を受けたらしい。でも僕は島唄が好き。沖縄への愛情、愛憎。沖縄との距離というのを宮沢さんはいつも気遣っている
『中央線』 なんていいよね
きみの家のほうに
ながれ星が落ちた
僕は歯みがきやめて
電車にとびのる
小学校の頃、
せんせいさようなら
みなさんさようなら
また明日 ばいばい
って別れたでしょ? あらためて言葉にすると日本語ってほんとうにいいな と自慢したくならない?
僕も僕の言葉でうたをつむいでゆきたい。
イメージとは裏腹にとてもスリリングな内容でした。

僕は高校から詩を書いています。10代に書いた詩はノート3冊ぶん、その詩集に“私事記”という名前をつけています。詩人の詩というのは小難しい。僕もランボーとか高村光太郎とか、田村なんとかとか(名前を思い出せない)、よごれちまったかなしみにとか、いろいろ読んでみたのだが、とうとうかれらとは友達になることはできませんでした。
ボブディラン、はっぴいえんど、佐野元春、宮沢和史、ブルーハーツのようなミュージシャンたちの歌詞から強い影響を受けたと思う。
佐野元春の歌を聞きながら詩を書くととても元気な言葉がたちがあふれてくるけれど、結局未完成ということが多い。なぜだろう・・・・
ブルーハーツを聞いて詩を書こうとすると、自分に言葉の才能がないのではないか と頭を抱えてしまう。
はっぴいえんどを聞いて詩を書くのは危険だ。言葉に酔ってしまってあとで読み返すと破りすててしまいたくなる。
ボブディランの言葉を聞いていると、まるで映画のワンシーンを観ているようでうっとりしてしまう。詩を書くどころじゃない
大学の時、THE BOOMの 宮沢さんのつくる歌をきいた(読んだ)時、とても自分と似ているような気がしたんです。宮沢さんは自分の言葉をあきらめているというか、自分の詩人としての才能にはじめから絶望していうように感じられた。それは詩だけではなく、彼は彼の声、歌唱力にについても絶望していたように思います。
今回 この宮沢さんのポエトリーリーディングをみて 大事なことは才能ではなくって言葉への愛情なんだと気づかされました
THE BOOM の名曲 『島唄』の歌詞で好きな言葉がある
うーじの森であなたと出会い
うーじの下で千代にさよなら
この歌詞をきくたんび 胸が苦しくなります。僕のおじいさんは戦争で外国へ行ってなくなりました。おじいの帰りを若かった僕のおばあはずっとずっと待っていたような気がします。
ある日おばあは突然、幼い僕の母に「あんた私の事うらんでいるでしょ?」とたずねたことがあったそうです。
うーじの森であなたと出会い
うーじの下で八千代の別れ
戦争当時、僕のおじいとおばあのようなストーリーがたくさんあったと思います。
島唄をつくった時、沖縄の知識人からかなり批判やおしかりの言葉を受けたらしい。でも僕は島唄が好き。沖縄への愛情、愛憎。沖縄との距離というのを宮沢さんはいつも気遣っている
『中央線』 なんていいよね
きみの家のほうに
ながれ星が落ちた
僕は歯みがきやめて
電車にとびのる
小学校の頃、
せんせいさようなら
みなさんさようなら
また明日 ばいばい
って別れたでしょ? あらためて言葉にすると日本語ってほんとうにいいな と自慢したくならない?
僕も僕の言葉でうたをつむいでゆきたい。
Posted by 山田ばさらよっしー at
23:06
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2006年07月04日
走
マクドナルドにいます
シャカシャカポテトセットはうるさいです。誰があんなアイデアをだしたのでしょうか?
いまスポーツニッポンの『五輪主義』というコラムを読んでいます。陸上日本選手権中距離女子で優勝確実といわれていた選手が負けてしまったとあります。中田の記事もイチローの記事もおもしろいけれど、こういうあまり話題にあがらない大会のコラムというのも僕は好きなんです。
この10年、1週間に最低5日はジョギングしています。
大学の時、体重が75キロまでなったことがあって、これはやばい と思いそれから走り続けています。
農業をはじめて重労働なのでやせるかな・・・・と思っていたのですが、走る距離が減って、つきあいが多く、食べる機会が多くなったので、逆に増えています。いまは55キロ〜57キロです。
身長が167なので、まあ普通だと思いますが、以前が48キロ〜50キロだったので今かなりつらいですね。農業をはじめるまでは毎日15キロ走って、食事はパンだけ、水は600ccでした。走る理由なんてないんですけどね、コンプレックスじゃないですか?(笑)
糸満にいた頃は、青年部の5000メートル代表に選ばれ、市で2位でしたよ。なんだか自慢話みたいになってきましたね。
みなさんそれぞれ人生の分岐点があると思います。あのときああすればよかった・・・・みたいなことがきっとあるはず。僕もこの日記でいろいろ過去のことを書いてきたけれど、最大の後悔、分岐点は何か? と考えたら やっぱ野球を続けたかった ってことかな
僕が在籍していた少年野球は当時本当に強くてね、後に中学ではそのメンバーで沖縄1、全国8位になったんです。新メンバー編成の時に、塾に通うから続けられなくってやめたんです。監督が家まで来て引き止めに来たんですけどね。
いま考えるとあれが最大の分岐点だったんじゃないかな・・・と。なんかね、毎日こうしてばかみたいに走っているのも野球をできなかった後悔と関係があるんじゃないかと思います。多分、僕が野球を続けていてもレギュラーになれなかったかもしれないですよね。
本当の己の実力を試す事ができなかったぶんだけ、もしかしたら俺は本当はもっとすごい奴なんじゃないか と信じて走り続けているんです。
馬鹿でしょう?(笑)
シャカシャカポテトセットはうるさいです。誰があんなアイデアをだしたのでしょうか?
いまスポーツニッポンの『五輪主義』というコラムを読んでいます。陸上日本選手権中距離女子で優勝確実といわれていた選手が負けてしまったとあります。中田の記事もイチローの記事もおもしろいけれど、こういうあまり話題にあがらない大会のコラムというのも僕は好きなんです。
この10年、1週間に最低5日はジョギングしています。
大学の時、体重が75キロまでなったことがあって、これはやばい と思いそれから走り続けています。
農業をはじめて重労働なのでやせるかな・・・・と思っていたのですが、走る距離が減って、つきあいが多く、食べる機会が多くなったので、逆に増えています。いまは55キロ〜57キロです。
身長が167なので、まあ普通だと思いますが、以前が48キロ〜50キロだったので今かなりつらいですね。農業をはじめるまでは毎日15キロ走って、食事はパンだけ、水は600ccでした。走る理由なんてないんですけどね、コンプレックスじゃないですか?(笑)
糸満にいた頃は、青年部の5000メートル代表に選ばれ、市で2位でしたよ。なんだか自慢話みたいになってきましたね。
みなさんそれぞれ人生の分岐点があると思います。あのときああすればよかった・・・・みたいなことがきっとあるはず。僕もこの日記でいろいろ過去のことを書いてきたけれど、最大の後悔、分岐点は何か? と考えたら やっぱ野球を続けたかった ってことかな
僕が在籍していた少年野球は当時本当に強くてね、後に中学ではそのメンバーで沖縄1、全国8位になったんです。新メンバー編成の時に、塾に通うから続けられなくってやめたんです。監督が家まで来て引き止めに来たんですけどね。
いま考えるとあれが最大の分岐点だったんじゃないかな・・・と。なんかね、毎日こうしてばかみたいに走っているのも野球をできなかった後悔と関係があるんじゃないかと思います。多分、僕が野球を続けていてもレギュラーになれなかったかもしれないですよね。
本当の己の実力を試す事ができなかったぶんだけ、もしかしたら俺は本当はもっとすごい奴なんじゃないか と信じて走り続けているんです。
馬鹿でしょう?(笑)
Posted by 山田ばさらよっしー at
17:05
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