2006年09月29日
チャレンジシリーズ
FMたまんが10周年を迎える
僕のFMたまんラジオパーソナリティ歴は10年の歴史のうちの、1年半
10年のうちの1年半というのは長いものではないが
でもちょっと誇りに思ってもいいくらいの期間ではないか
時々
たまんでラジオパーソナリティーをしている というと
電波届かないんだよねえ みたいに言われる
それは認めます その通りですから
けど、 たかが FMたまん
みたいに言われるとキレそうになる
RAIN というのは太っ腹な FMたまんだからこそできた番組だ
多分ほかのラジオ局だったらば僕のいままでやってきた企画 校正 しゃべり
ほとんどにNGが出ていると思う。
FM21ではずっと3人で番組を担当していたので
RAIN をひとりで担当させて頂くことになった時、ひとりで1時間しゃべるということがいかにシビアな作業なのかを痛感した。
いい企画が思い浮かばない
ゲストさんが急に来れなくなった となっても月曜日はやってくる
街をぐるぐる見渡し
新聞を見開いたり
記憶をたどったりして
なんかおもしろいものがないものか
ないものか
ないものか・・・・・と
本番ぎりぎりでなんとか出だしの声を決めるということもあった
沖縄のラジオ番組で一番おもしろい番組にしてやる!
という信念だけでやってきました
けれど、僕の力が足りなくて
何がなんだかわからん という失敗の回も多々 多々 多々・・・・
それでも温かい目で見守って下さった
たまんのスタッフ、リスナーのみなさんに心から感謝しています。
本当にありがとう
10月〜11月にかけて
FMたまんの10周年を僕の RAIN でも祝うべく
さらにハードルをあげます
題して
『よっしーのチャレンジシリーズ!』
おいおいよっしー こんなミュージシャンとからんじゃうの!
この人はまさか RAIN には来ないでしょ というような人を無謀にもオファーしちゃいます。
そのチャレンジシリーズの第一弾は
あのティンクティンク
かわいいティンクティンクとよっしーが複雑に絡んじゃうぜ!
僕のFMたまんラジオパーソナリティ歴は10年の歴史のうちの、1年半
10年のうちの1年半というのは長いものではないが
でもちょっと誇りに思ってもいいくらいの期間ではないか
時々
たまんでラジオパーソナリティーをしている というと
電波届かないんだよねえ みたいに言われる
それは認めます その通りですから
けど、 たかが FMたまん
みたいに言われるとキレそうになる
RAIN というのは太っ腹な FMたまんだからこそできた番組だ
多分ほかのラジオ局だったらば僕のいままでやってきた企画 校正 しゃべり
ほとんどにNGが出ていると思う。
FM21ではずっと3人で番組を担当していたので
RAIN をひとりで担当させて頂くことになった時、ひとりで1時間しゃべるということがいかにシビアな作業なのかを痛感した。
いい企画が思い浮かばない
ゲストさんが急に来れなくなった となっても月曜日はやってくる
街をぐるぐる見渡し
新聞を見開いたり
記憶をたどったりして
なんかおもしろいものがないものか
ないものか
ないものか・・・・・と
本番ぎりぎりでなんとか出だしの声を決めるということもあった
沖縄のラジオ番組で一番おもしろい番組にしてやる!
という信念だけでやってきました
けれど、僕の力が足りなくて
何がなんだかわからん という失敗の回も多々 多々 多々・・・・
それでも温かい目で見守って下さった
たまんのスタッフ、リスナーのみなさんに心から感謝しています。
本当にありがとう
10月〜11月にかけて
FMたまんの10周年を僕の RAIN でも祝うべく
さらにハードルをあげます
題して
『よっしーのチャレンジシリーズ!』
おいおいよっしー こんなミュージシャンとからんじゃうの!
この人はまさか RAIN には来ないでしょ というような人を無謀にもオファーしちゃいます。
そのチャレンジシリーズの第一弾は
あのティンクティンク
かわいいティンクティンクとよっしーが複雑に絡んじゃうぜ!
Posted by 山田ばさらよっしー at
23:52
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2006年09月29日
吉井和哉に会いたい!
「生きているうちに絶対会わなくちゃいけない!」
と思っている人物が何人かいて
吉井和哉さんもその中の一人
僕の番組でイエローモンキーを特集した時にも言ったけれど、
吉井さんがイエローモンキー時代につくった ” Dear Feeling′ はものすごい曲だと思う
イエローモンキーといえば
”JAM′ や“ LOVE LOVE SHOW ′ をみんなイメージすると思うし、僕も好きだけど
でも “Dear Feelig” はイエローモンキー云々でなく、いままで日本のロックミュージシャン達がつくってきた曲の中でも最高の到達点に達した曲ではないか。
Daer Feelingは大合唱できない曲だ
自分に 「本当のよろこび ってなんだろうねえ・・・」 と問いかけ
生きるってなんだろう ねえ死ぬってことはどういう事なんだよなんて
問いかけても問いかけても答えはでないのに
それでも問いかけてしまうのようなすごい曲です
ただ悲しかったり切なかったり、教訓的は歌はフォークソングにあったかもしれないけれど、
文学や 哲学や 絵画とか宗教 メロディー、声やバンドの思想とか
そんな複雑なものがからみあって出来た Dear Feeling みたいな曲は日本になかなかみあたらない
トレイシーチャップマンの ファストカー
ボブディランの 愚かな風
Dear Feeling はそれらと肌触りが似ている
吉井さんは時々、意味のわからない歌詞を書く
不器用な人なのかもしれない
Dear Feeling つくっちゃった人がこんな歌詞なんだ!
みたいに拍子抜けする時もある
でもそんな吉井さんが好きだからずっといままで追い続けてこれたんだと思う。
”Call Me“
をはじめて聞いた時、やっぱこの人はすごいや と脱帽しました
このブログを読んでくれている人にだけこっそり教えちゃいますが
実はいま 吉井さんにインタビューの打診をしています
だめもとだけど、動かないことにはなんにもはじまらないからね!
ここのブログもお伝えしたので、もしかしたら吉井さん本人も見るかもしれないので
最後に吉井さんあてにメッセージを残しておきます
吉井さん、僕もぶきっちょでまっすぐ なんです
と思っている人物が何人かいて
吉井和哉さんもその中の一人
僕の番組でイエローモンキーを特集した時にも言ったけれど、
吉井さんがイエローモンキー時代につくった ” Dear Feeling′ はものすごい曲だと思う
イエローモンキーといえば
”JAM′ や“ LOVE LOVE SHOW ′ をみんなイメージすると思うし、僕も好きだけど
でも “Dear Feelig” はイエローモンキー云々でなく、いままで日本のロックミュージシャン達がつくってきた曲の中でも最高の到達点に達した曲ではないか。
Daer Feelingは大合唱できない曲だ
自分に 「本当のよろこび ってなんだろうねえ・・・」 と問いかけ
生きるってなんだろう ねえ死ぬってことはどういう事なんだよなんて
問いかけても問いかけても答えはでないのに
それでも問いかけてしまうのようなすごい曲です
ただ悲しかったり切なかったり、教訓的は歌はフォークソングにあったかもしれないけれど、
文学や 哲学や 絵画とか宗教 メロディー、声やバンドの思想とか
そんな複雑なものがからみあって出来た Dear Feeling みたいな曲は日本になかなかみあたらない
トレイシーチャップマンの ファストカー
ボブディランの 愚かな風
Dear Feeling はそれらと肌触りが似ている
吉井さんは時々、意味のわからない歌詞を書く
不器用な人なのかもしれない
Dear Feeling つくっちゃった人がこんな歌詞なんだ!
みたいに拍子抜けする時もある
でもそんな吉井さんが好きだからずっといままで追い続けてこれたんだと思う。
”Call Me“
をはじめて聞いた時、やっぱこの人はすごいや と脱帽しました
このブログを読んでくれている人にだけこっそり教えちゃいますが
実はいま 吉井さんにインタビューの打診をしています
だめもとだけど、動かないことにはなんにもはじまらないからね!
ここのブログもお伝えしたので、もしかしたら吉井さん本人も見るかもしれないので
最後に吉井さんあてにメッセージを残しておきます
吉井さん、僕もぶきっちょでまっすぐ なんです
Posted by 山田ばさらよっしー at
01:23
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2006年09月28日
これだから長崎人は・・・
これだから長崎人はだめなんじゃないの!
こないだある人にそう言われた・・
とても辛い言葉だった
僕は間違いなくウチナーンチュだけれど、6年間過ごしてきた長崎は第二のふるさとだと思っているし
東京にすんでいたころ、はじめて会う人には
「親は沖縄なんですが、僕は長崎で育ちましたから、もう長崎人ですね」
と言っていた
あの頃の僕は長崎人になりたかった
煩わしい沖縄という土地から逃げたかったし、自由になりたかった
いつかきっと長崎に帰って、
死んだらお墓は絶対長崎につくるんだ! って本気で思っていた
どうして沖縄にいると長男だから、長男だからって規制されてしまうんだろう って
20代半ばまでの僕はずっといらいらしっぱなしだった
これだから長崎人はだめなんじゃないの!
と言われて僕は
いったい俺は長崎という街の何を見て来たんだろう
横浜で生まれ 長崎で学生時代を過ごし
20代を東京で暮らしたウチナーンチュの俺のアイデンティティって何なの?
って改めて突きつけられてしまった
これだから長崎人はだめなんじゃないの!
と言われた僕は
「僕はだめな奴かもしれんけど、でもそれだから長崎人の全部がだめって言うのはおかしいと思う」
と言うと、
あんた理屈をこねるのが好きなんだ
長崎にすんでこの10年、どれだけ冷たい目に会ったのかあんたにはわからんよ!
観光客にはやさしい長崎人
と最後に捨て台詞を残してその人は席を立った・・・・
観光客にはやさしい長崎人
観光客にはやさしい沖縄人
なんだか 俺は似たような街で生まれ、似たような街で育ち
いつもいらいらしてきたんだな
やっとみつけた やさしさは
いともたやす くしなびた
久しぶりに泉谷しげるの春夏秋冬を聞きたくなった
こないだある人にそう言われた・・
とても辛い言葉だった
僕は間違いなくウチナーンチュだけれど、6年間過ごしてきた長崎は第二のふるさとだと思っているし
東京にすんでいたころ、はじめて会う人には
「親は沖縄なんですが、僕は長崎で育ちましたから、もう長崎人ですね」
と言っていた
あの頃の僕は長崎人になりたかった
煩わしい沖縄という土地から逃げたかったし、自由になりたかった
いつかきっと長崎に帰って、
死んだらお墓は絶対長崎につくるんだ! って本気で思っていた
どうして沖縄にいると長男だから、長男だからって規制されてしまうんだろう って
20代半ばまでの僕はずっといらいらしっぱなしだった
これだから長崎人はだめなんじゃないの!
と言われて僕は
いったい俺は長崎という街の何を見て来たんだろう
横浜で生まれ 長崎で学生時代を過ごし
20代を東京で暮らしたウチナーンチュの俺のアイデンティティって何なの?
って改めて突きつけられてしまった
これだから長崎人はだめなんじゃないの!
と言われた僕は
「僕はだめな奴かもしれんけど、でもそれだから長崎人の全部がだめって言うのはおかしいと思う」
と言うと、
あんた理屈をこねるのが好きなんだ
長崎にすんでこの10年、どれだけ冷たい目に会ったのかあんたにはわからんよ!
観光客にはやさしい長崎人
と最後に捨て台詞を残してその人は席を立った・・・・
観光客にはやさしい長崎人
観光客にはやさしい沖縄人
なんだか 俺は似たような街で生まれ、似たような街で育ち
いつもいらいらしてきたんだな
やっとみつけた やさしさは
いともたやす くしなびた
久しぶりに泉谷しげるの春夏秋冬を聞きたくなった
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01:03
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2006年09月26日
お金がない!
なんなんだこれは!

お袋の病院費です それは
毎月病院の窓口でこうして事務の方に翌月の額を紙に書いてもらいます。
いや、改めてこうしてみると感情もなにもなくっていいねえ
いや〜実に眺めがいい
実にアートだ!
¥184、040・・・・・
毎月末、病院で支払いをすませた後
その足で領収書をもって役所へ行く。
そしてそこで払い戻しを受けるのだが。。。。
今日は国民健康保険の件でストップ
「一期分の23、900円と、二期分の10、100円遅れています。
支払わないと、払い戻しが受けられません!!!」
心の中では
知らねえよ!
親父が払うべきもんじゃねえの! 来月18万なんだからさ。もう少し優遇して下さいよ
と思いながらも、押さえて 押さえて
「あ〜 遅れていますね。すみません。じゃあ親父の代わりに僕が手続きしますんで」
といいながらにこにこ笑顔
一期、二期合わせて
¥34、000
ふう・・・・
あの“世界の中心で愛を叫ぶ”
朔太郎が空港で
「誰か助けてください」
と悲痛な叫びをあげられるのがうらやましい
正直 昔は役所で病院費用を払うたんびに手が震えた
お金のないことがこんなにきついことだとは思わなかった。
職員に何か指摘されるんじゃないかと怖くて、怖くて・・・・
自分がこんなに臆病な存在だとは思わなかった
毎月20万近くの病院費用をつくるというのは本当に大変だ
だけど、僕も弟も幸い仕事があるからなんとかぎりぎりでやりくりしている。
きょう朝からジョギングで10キロ
その後、農園にお茶をひとケースとどけ
電話で親父のことで打ち合わせ
ラジオ番組に備え街の音を採取
そして病院へ行き支払いをすませ
役所で手続き
それから薬局でお袋のオムツを買って
彼女を家まで送る
夕方番組の最後の校正を練りにマクドナルドへ
いよいよラジオ本番
思いっきり弾けた一時間の後
また病院へ
そしてやっと帰宅
畑仕事は休みだというのになぜかいつもハードだ
死ぬ程辛い!
なんで簡単に死なせてくれないんだ
俺ってカッコいいぜ
逃げてないもんな
うん!
もっと
もっと
もっと
もっと俺はバカになるぞ!!!
だから誰か金かしてくれ!

お袋の病院費です それは
毎月病院の窓口でこうして事務の方に翌月の額を紙に書いてもらいます。
いや、改めてこうしてみると感情もなにもなくっていいねえ
いや〜実に眺めがいい
実にアートだ!
¥184、040・・・・・
毎月末、病院で支払いをすませた後
その足で領収書をもって役所へ行く。
そしてそこで払い戻しを受けるのだが。。。。
今日は国民健康保険の件でストップ
「一期分の23、900円と、二期分の10、100円遅れています。
支払わないと、払い戻しが受けられません!!!」
心の中では
知らねえよ!
親父が払うべきもんじゃねえの! 来月18万なんだからさ。もう少し優遇して下さいよ
と思いながらも、押さえて 押さえて
「あ〜 遅れていますね。すみません。じゃあ親父の代わりに僕が手続きしますんで」
といいながらにこにこ笑顔
一期、二期合わせて
¥34、000
ふう・・・・
あの“世界の中心で愛を叫ぶ”
朔太郎が空港で
「誰か助けてください」
と悲痛な叫びをあげられるのがうらやましい
正直 昔は役所で病院費用を払うたんびに手が震えた
お金のないことがこんなにきついことだとは思わなかった。
職員に何か指摘されるんじゃないかと怖くて、怖くて・・・・
自分がこんなに臆病な存在だとは思わなかった
毎月20万近くの病院費用をつくるというのは本当に大変だ
だけど、僕も弟も幸い仕事があるからなんとかぎりぎりでやりくりしている。
きょう朝からジョギングで10キロ
その後、農園にお茶をひとケースとどけ
電話で親父のことで打ち合わせ
ラジオ番組に備え街の音を採取
そして病院へ行き支払いをすませ
役所で手続き
それから薬局でお袋のオムツを買って
彼女を家まで送る
夕方番組の最後の校正を練りにマクドナルドへ
いよいよラジオ本番
思いっきり弾けた一時間の後
また病院へ
そしてやっと帰宅
畑仕事は休みだというのになぜかいつもハードだ
死ぬ程辛い!
なんで簡単に死なせてくれないんだ
俺ってカッコいいぜ
逃げてないもんな
うん!
もっと
もっと
もっと
もっと俺はバカになるぞ!!!
だから誰か金かしてくれ!
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2006年09月24日
楽しいバカ ンス
明日の番組取材のために空港へ行って来た

考えてみたら、旅に出るわけでなく、人を迎えるわけでもなく
用もないのに空港へ行くというのははじめてのことだ。
昔 親父に言われたことがある
「半年に一度でいいから一流ホテルのbarへ行け」
一流ホテルマンの言葉遣いや、一流ホテルでのふるまい方
一流といわれるホテルのつくりを見て学習しろ
金が厳しくても半年に一度くらいならできるだろう
おそらく親父はそう言う意味で僕に言ったんだと思う
用もないのに空港へ行くというのはおもしろい体験だった
沖縄での楽しいバカンス(バカンスって死語かね? 笑)を過ごした観光客
東京ディズニーシーを目指すウチナーンチュ(想像ね 笑)
観光客に高いちんすこうをなんとか買ってもらおうと押しまくる売り子さん
いろんなものが見えて楽しい
もしかしたらいま沖縄で一番エネルギーのある場所は空港じゃないのか!
観光客の色彩鮮やかないでたちと笑顔を見ていると
体中たまりにたまりまくっていた毒がひいてゆくのがわかる
僕にとっての空港というのは天国から地獄へ向かう
そしてまた地獄から天国に戻ってくるような空間だった
中学から親元を離れ九州へ越境入学
仲間とうまくつきあうことができなくて
寮生活はほんとうに辛かった
喧嘩するような勇気もないから
ただただ貝のようにじっとして
いつも沖縄に帰りたくて 帰りたくて仕方がない
夏休みで九州から沖縄へ帰省する時の機内での思い出だけど
飛行機がだんだん沖縄本島に近づいて高度をさげ
沖縄本島の地形が窓からみえてくると
うれしくってね!
やったやっと天国についたぞお!って(笑)
でも逆に九州に戻る前日の夜は
もう無口になるわけ(笑)
「いやだ帰りたくない」って言ったって親に通じないってわかっているんだけどさ
それでもなんとか抵抗したいわけ
無言の抵抗だよ 無言の抵抗
いつだったか九州へ戻る前日、あんまりつらくて
夜中から親父に頼んでドライブへつれてもらった事がある
流れる景色を見ながら
“さらば沖縄 今生のわかれだ” って
いつもそんな気持だったよ
制服姿だからスチュワーデスさんに声をかけられる事もあった(スッチーも死語か 笑)
「中学生なの? どこの学校? さみしくない?」って
スッチーに声かけられるのはまことに光栄なのだが、こちとら地獄へ移送される途中だからね、あんま興奮せんのよ(笑)
本当に空港にはたくさんの思い出がある
きょう空港へ行ってよかった
荷物を背負うことなく空港へ行く事でいろんなことをまた思い出す事ができた
親父の言葉の通り、これからは半年に一度くらい
空港やホテルに行ってみるのもいいな
明日のラジオでまだいろいろ話たい事がある
リスナーのみんなに会えるのが待ち遠しくて仕方がないよ!
みんなも元気に明日会おうね!

考えてみたら、旅に出るわけでなく、人を迎えるわけでもなく
用もないのに空港へ行くというのははじめてのことだ。
昔 親父に言われたことがある
「半年に一度でいいから一流ホテルのbarへ行け」
一流ホテルマンの言葉遣いや、一流ホテルでのふるまい方
一流といわれるホテルのつくりを見て学習しろ
金が厳しくても半年に一度くらいならできるだろう
おそらく親父はそう言う意味で僕に言ったんだと思う
用もないのに空港へ行くというのはおもしろい体験だった
沖縄での楽しいバカンス(バカンスって死語かね? 笑)を過ごした観光客
東京ディズニーシーを目指すウチナーンチュ(想像ね 笑)
観光客に高いちんすこうをなんとか買ってもらおうと押しまくる売り子さん
いろんなものが見えて楽しい
もしかしたらいま沖縄で一番エネルギーのある場所は空港じゃないのか!
観光客の色彩鮮やかないでたちと笑顔を見ていると
体中たまりにたまりまくっていた毒がひいてゆくのがわかる
僕にとっての空港というのは天国から地獄へ向かう
そしてまた地獄から天国に戻ってくるような空間だった
中学から親元を離れ九州へ越境入学
仲間とうまくつきあうことができなくて
寮生活はほんとうに辛かった
喧嘩するような勇気もないから
ただただ貝のようにじっとして
いつも沖縄に帰りたくて 帰りたくて仕方がない
夏休みで九州から沖縄へ帰省する時の機内での思い出だけど
飛行機がだんだん沖縄本島に近づいて高度をさげ
沖縄本島の地形が窓からみえてくると
うれしくってね!
やったやっと天国についたぞお!って(笑)
でも逆に九州に戻る前日の夜は
もう無口になるわけ(笑)
「いやだ帰りたくない」って言ったって親に通じないってわかっているんだけどさ
それでもなんとか抵抗したいわけ
無言の抵抗だよ 無言の抵抗
いつだったか九州へ戻る前日、あんまりつらくて
夜中から親父に頼んでドライブへつれてもらった事がある
流れる景色を見ながら
“さらば沖縄 今生のわかれだ” って
いつもそんな気持だったよ
制服姿だからスチュワーデスさんに声をかけられる事もあった(スッチーも死語か 笑)
「中学生なの? どこの学校? さみしくない?」って
スッチーに声かけられるのはまことに光栄なのだが、こちとら地獄へ移送される途中だからね、あんま興奮せんのよ(笑)
本当に空港にはたくさんの思い出がある
きょう空港へ行ってよかった
荷物を背負うことなく空港へ行く事でいろんなことをまた思い出す事ができた
親父の言葉の通り、これからは半年に一度くらい
空港やホテルに行ってみるのもいいな
明日のラジオでまだいろいろ話たい事がある
リスナーのみんなに会えるのが待ち遠しくて仕方がないよ!
みんなも元気に明日会おうね!
Posted by 山田ばさらよっしー at
20:52
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2006年09月22日
悲しき亜熱帯
城間正男という素晴らしいボーカリストがいる。
城間正男と聞くと、「誰?」って感じだろうが
元紫、アイランドのボーカリストですよというとすぐにわかると思う。
今僕の手元には70年代当時の 紫 の熱狂を伝える資料がある。
ディープパープル以上にディープパープルな紫 とか
紫の出現はロックファンにとって大きな出来事だ とか
霧降高原でChar とのジョイントコンサートを伝える写真
ジョージ紫さんがジェフベックグル−プのコージーパウエルと対談しているもの
そして77年度ミュージックライフ誌ではナンバーワングループに選ばれている!!!
ここのところすさまじい勢いで 紫 を聞き続けている
紫 の 『Double Dealing Woman』 を聞いてくれ!!!
『Mother Nature's Plight』に耳をすませてほしい!!!
そしてなんといっても 『Blackout』
鼻血が飛び出るよ!!!
ヘイ! 沖縄のミュージックシーンに関わっている人たち
ミュージシャンでもラジオパーソナリティでも、出版社でもいいけどさ
どうして紫をもっと もっと もっと もっと もっと伝える努力をしないのかい?
「ピースフルラブロックフェスティバルは紫の復活コンサートを機会にはじまりました」
だけでは怠惰だよ
紫というバンドをいま現在しっかりと伝えられる人がいないというのは悲しい
僕はロック評論家じゃないから立派なロック論を展開できるだけの力はないけれど、それでも自分の言葉で紫というバンドの素晴らしさをラジオで伝えなくてはいかん という気概をもっている。
毎日 毎日 紫 を聞きながら気づいたことは
なんといっても 城間正男 というボーカリストの素晴らしさ
本音を言うと、城間正男というのは天下一品の声はしていない
けれど、彼の声は耳に残る。
これを天才といわずしてなんといおう
高いキーを無理に出そうとして少し詰まっているのすら心地いい
もし紫のボーカリストがハイトーンボイス、キンキンの声だったら逆にだめだったと思う
どの業界にもいえることだが沖縄にはプロデューサーがいない
一番いやなのは、作品とは別のところで評価してしまうとこ
沖縄は島国だからなのかそれが強い感じがするね
僕の独断と偏見だけれど、やっぱりロックは不良の音楽じゃなきゃやだ
オーディションに受かって喜び勇んでフェスティバルに出演するのはいいと思うけど
主催者と出演メンバー達が笑顔で新聞の写真におさまるなんてのはいやだ!!!
裏で頭をさげてへいこらすんのは社会人として当然のマナーだけど、表でミュージシャンやっている時はそんな顔みせないでくれよ
沖縄に本物のプロデュサーがいないっていうのはさ
沖縄を本気で愛している人がいないってことだよ
愛っていうことばを使うのはまじできもいけど、でもやっぱ愛じゃない?
いま俺が書いている日記なんて愛がないと書けないもの。書いたところでたいした影響はないってわかっているけど、それでもひとりでもいいからキャッチしてくれる人がいればいいのに って1パーの可能性を信じている。
孤独になるのはいいけど、孤立しちゃいかん っていうのを何かの本で読んだ事があるけれども
沖縄では孤立して死んでもいいくらいの気概のある人がもっと もっとでてこないと未来は暗いね。
PS
「DOIN’OUR THING」 という紫の2枚組アルバムがあるらしい
いま廃盤らしいが是非聞いてみたいと思っています。
こころあたりのあるかた情報を下さい。 よろしくお願いします
rain9999jp@yahoo.co.jp まで
城間正男と聞くと、「誰?」って感じだろうが
元紫、アイランドのボーカリストですよというとすぐにわかると思う。
今僕の手元には70年代当時の 紫 の熱狂を伝える資料がある。
ディープパープル以上にディープパープルな紫 とか
紫の出現はロックファンにとって大きな出来事だ とか
霧降高原でChar とのジョイントコンサートを伝える写真
ジョージ紫さんがジェフベックグル−プのコージーパウエルと対談しているもの
そして77年度ミュージックライフ誌ではナンバーワングループに選ばれている!!!
ここのところすさまじい勢いで 紫 を聞き続けている
紫 の 『Double Dealing Woman』 を聞いてくれ!!!
『Mother Nature's Plight』に耳をすませてほしい!!!
そしてなんといっても 『Blackout』
鼻血が飛び出るよ!!!
ヘイ! 沖縄のミュージックシーンに関わっている人たち
ミュージシャンでもラジオパーソナリティでも、出版社でもいいけどさ
どうして紫をもっと もっと もっと もっと もっと伝える努力をしないのかい?
「ピースフルラブロックフェスティバルは紫の復活コンサートを機会にはじまりました」
だけでは怠惰だよ
紫というバンドをいま現在しっかりと伝えられる人がいないというのは悲しい
僕はロック評論家じゃないから立派なロック論を展開できるだけの力はないけれど、それでも自分の言葉で紫というバンドの素晴らしさをラジオで伝えなくてはいかん という気概をもっている。
毎日 毎日 紫 を聞きながら気づいたことは
なんといっても 城間正男 というボーカリストの素晴らしさ
本音を言うと、城間正男というのは天下一品の声はしていない
けれど、彼の声は耳に残る。
これを天才といわずしてなんといおう
高いキーを無理に出そうとして少し詰まっているのすら心地いい
もし紫のボーカリストがハイトーンボイス、キンキンの声だったら逆にだめだったと思う
どの業界にもいえることだが沖縄にはプロデューサーがいない
一番いやなのは、作品とは別のところで評価してしまうとこ
沖縄は島国だからなのかそれが強い感じがするね
僕の独断と偏見だけれど、やっぱりロックは不良の音楽じゃなきゃやだ
オーディションに受かって喜び勇んでフェスティバルに出演するのはいいと思うけど
主催者と出演メンバー達が笑顔で新聞の写真におさまるなんてのはいやだ!!!
裏で頭をさげてへいこらすんのは社会人として当然のマナーだけど、表でミュージシャンやっている時はそんな顔みせないでくれよ
沖縄に本物のプロデュサーがいないっていうのはさ
沖縄を本気で愛している人がいないってことだよ
愛っていうことばを使うのはまじできもいけど、でもやっぱ愛じゃない?
いま俺が書いている日記なんて愛がないと書けないもの。書いたところでたいした影響はないってわかっているけど、それでもひとりでもいいからキャッチしてくれる人がいればいいのに って1パーの可能性を信じている。
孤独になるのはいいけど、孤立しちゃいかん っていうのを何かの本で読んだ事があるけれども
沖縄では孤立して死んでもいいくらいの気概のある人がもっと もっとでてこないと未来は暗いね。
PS
「DOIN’OUR THING」 という紫の2枚組アルバムがあるらしい
いま廃盤らしいが是非聞いてみたいと思っています。
こころあたりのあるかた情報を下さい。 よろしくお願いします
rain9999jp@yahoo.co.jp まで
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2006年09月18日
寸止め
この一年続けてきた 僕のラジオのオープニングコール
“SEXしてますか!“
正直つまらなくなってきた
マンネリである
だから最近は SEXしてますか!!
ではなく犬の鳴き声をまねたりする
こないだあるひとと電話ではなしていたら
急に会話の途中で
「ごめんいまからリストカットしてくる!!」
と言われ電話を切られた
もちろん僕は電話を切られたあと気が気でなかった
もしかして僕の一言で人の命を奪う事になるかもしれない・・・
と、不安で不安でたまらなくて眠れない夜を過ごした
次の日、その人のブログをおそるおそる覗いてみたら
きょうはパパの誕生日だったの!
みたいな内容の日記が書かれていて
拍子抜けと、安堵と、やり場のない怒りがこみ上げてきた
なんなんだこれは!!!
リストカットはしても本気で死ぬ気のない奴
テレフォンSEXはうまいが実のところ童貞なんです
SEXしてますか と叫びながら実はもうマンネリ来てる
それがいまの日本の姿だ!!!
こんな寸止めばかりのくだらない国は世界中ほかにない
だれか三島由紀夫を生き返らせろ
いまの日本には三島が必要なんだ
諸君は武士だろう。諸君は武士だろう。武士ならば、自分を否定する憲法を、どうして守るんだ。どうして自分の否定する憲法のため、自分らを否定する憲法というものにペコペコするんだ。これがある限り、諸君てものは永久に救われんのだぞ。
諸君は永久にだね、今の憲法は政治的謀略に、諸君が合憲だかのごとく装っているが、自衛隊は違憲なんだよ。自衛隊は違憲なんだ。貴様達も違憲だ。憲法というものは、ついに自衛隊というものは、憲法を守る軍隊になったのだということに、どうして気がつかんのだ!俺は諸君がそれを断つ日を、待ちに待ってたんだ。諸君はその中でも、ただ小さい根性ばっかりにまどわされて、本当に日本のためにたちあがるときはないんだ。(三島演説より)
“SEXしてますか!“
正直つまらなくなってきた
マンネリである
だから最近は SEXしてますか!!
ではなく犬の鳴き声をまねたりする
こないだあるひとと電話ではなしていたら
急に会話の途中で
「ごめんいまからリストカットしてくる!!」
と言われ電話を切られた
もちろん僕は電話を切られたあと気が気でなかった
もしかして僕の一言で人の命を奪う事になるかもしれない・・・
と、不安で不安でたまらなくて眠れない夜を過ごした
次の日、その人のブログをおそるおそる覗いてみたら
きょうはパパの誕生日だったの!
みたいな内容の日記が書かれていて
拍子抜けと、安堵と、やり場のない怒りがこみ上げてきた
なんなんだこれは!!!
リストカットはしても本気で死ぬ気のない奴
テレフォンSEXはうまいが実のところ童貞なんです
SEXしてますか と叫びながら実はもうマンネリ来てる
それがいまの日本の姿だ!!!
こんな寸止めばかりのくだらない国は世界中ほかにない
だれか三島由紀夫を生き返らせろ
いまの日本には三島が必要なんだ
諸君は武士だろう。諸君は武士だろう。武士ならば、自分を否定する憲法を、どうして守るんだ。どうして自分の否定する憲法のため、自分らを否定する憲法というものにペコペコするんだ。これがある限り、諸君てものは永久に救われんのだぞ。
諸君は永久にだね、今の憲法は政治的謀略に、諸君が合憲だかのごとく装っているが、自衛隊は違憲なんだよ。自衛隊は違憲なんだ。貴様達も違憲だ。憲法というものは、ついに自衛隊というものは、憲法を守る軍隊になったのだということに、どうして気がつかんのだ!俺は諸君がそれを断つ日を、待ちに待ってたんだ。諸君はその中でも、ただ小さい根性ばっかりにまどわされて、本当に日本のためにたちあがるときはないんだ。(三島演説より)
Posted by 山田ばさらよっしー at
04:48
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2006年09月16日
久米宏
今日はなんとなく久米宏のはなし
いま菊の仕事かなり来てます。
遅れて 追われて いま出荷場には不穏な空気が漂っています。
苗の植え付けをしててなぜだか今日ずっと久米宏を思っていました。
いや〜 別にファンでもなんでもないんだけど(無意識でファンというのはあり得る )
たぶん一日中畑と向き合っていると、頭が変になるんでしょうね
植え付けをしながら
まずはじめに・・・
『そういやあ久米宏といえば やっぱベストテンだよな・・・』
なんて自分に語りかけて
『あれから久米宏もずいぶん雰囲気が変わっちゃったね』
なんてこたえる僕
空を見上げて
久米さんきっと60超えてるよな〜
お金には困ってなさそうだけど、だんだん顔に余裕がなくなって行くなあ
いったいどうしたんだろう
小倉に みのに 筑紫かあ・・・
沖縄では最近までテレ朝系列がなかったから、久米さんってずっと干されていると思っていたよ
久米さんはニューステーションでやりたい放題やっているように見えたけど
きっとあれは視聴者のやりたい放題やってほしいイメージにあわせていただけだよなあ。
沖縄大好き万歳!!!!
の 筑紫さんのほうがノー天気で楽しそうだもんな・・・・
ニュースステーションってすごかったんだぜえ
LED ZEPPELINのメンバー
ロバートプラントとジミーペイジを招いて
『天国の階段』を演奏してもらったことあるんだぜえ
清志郎が君が代を歌ってメジャーでの発売が中止になった時
君が代 を生演奏させたのもニュースステーションだぜえ
中田英寿が生意気だとたたかれた時に
「マスコミなんて気にしない 気にしない」てな事を久米さん番組中に言っていたし
久米さんやっぱ無理してたのかなあ・・・・
なんとなく自分に似ているなあ・・・・
いやあ久米宏でこんなに書けるなんて思わなかったよ
久米さん、ニュースステーションで
『最後の晩餐』ってコーナーしてたよね
ゲストの方へ最後の質問
「今日がもしあなたの最後の日だったら何が食べたい?」
いやあ〜久米さん不器用な人なんだなあ
でも長生きしそうな雰囲気
やっぱ俺 久米さんに似ている気がする・・・・
久米さんの口ひげとボブディランの口ひげも似ているしなあ・・・・

久米のひげと・・・

ボブのひげ
う〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん
いま菊の仕事かなり来てます。
遅れて 追われて いま出荷場には不穏な空気が漂っています。
苗の植え付けをしててなぜだか今日ずっと久米宏を思っていました。
いや〜 別にファンでもなんでもないんだけど(無意識でファンというのはあり得る )
たぶん一日中畑と向き合っていると、頭が変になるんでしょうね
植え付けをしながら
まずはじめに・・・
『そういやあ久米宏といえば やっぱベストテンだよな・・・』
なんて自分に語りかけて
『あれから久米宏もずいぶん雰囲気が変わっちゃったね』
なんてこたえる僕
空を見上げて
久米さんきっと60超えてるよな〜
お金には困ってなさそうだけど、だんだん顔に余裕がなくなって行くなあ
いったいどうしたんだろう
小倉に みのに 筑紫かあ・・・
沖縄では最近までテレ朝系列がなかったから、久米さんってずっと干されていると思っていたよ
久米さんはニューステーションでやりたい放題やっているように見えたけど
きっとあれは視聴者のやりたい放題やってほしいイメージにあわせていただけだよなあ。
沖縄大好き万歳!!!!
の 筑紫さんのほうがノー天気で楽しそうだもんな・・・・
ニュースステーションってすごかったんだぜえ
LED ZEPPELINのメンバー
ロバートプラントとジミーペイジを招いて
『天国の階段』を演奏してもらったことあるんだぜえ
清志郎が君が代を歌ってメジャーでの発売が中止になった時
君が代 を生演奏させたのもニュースステーションだぜえ
中田英寿が生意気だとたたかれた時に
「マスコミなんて気にしない 気にしない」てな事を久米さん番組中に言っていたし
久米さんやっぱ無理してたのかなあ・・・・
なんとなく自分に似ているなあ・・・・
いやあ久米宏でこんなに書けるなんて思わなかったよ
久米さん、ニュースステーションで
『最後の晩餐』ってコーナーしてたよね
ゲストの方へ最後の質問
「今日がもしあなたの最後の日だったら何が食べたい?」
いやあ〜久米さん不器用な人なんだなあ
でも長生きしそうな雰囲気
やっぱ俺 久米さんに似ている気がする・・・・
久米さんの口ひげとボブディランの口ひげも似ているしなあ・・・・

久米のひげと・・・

ボブのひげ
う〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん
Posted by 山田ばさらよっしー at
00:02
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2006年09月14日
Mr. J J
9月11日のゲスト、Mr J J
J J はとても素敵な音楽人生を送っている方です。
生まれはここ沖縄の首里。
お父様はアメリカ人、お母様は宮古の方です。
ずっと基地内の学校だったために、日本語はあまりうまくない
高校の頃はクバサキハイスクールのMrクバサキに選ばれた程の美男子。
おもしろい事に 紫 のリーダー、ジョージ紫さんは同じクバサキハイスクールのひとつ上の先輩で、彼は クリエート部門のナンバー1に選ばれたそうです!
高校卒業後、ハワイで音楽活動をスタート
ハワイではエルウ゛ィスプレスリーの奥様の前で歌ったこともあるとか!
そして L.A滞在中のヴォイストレーニングの先生がなんと
スティヴィーワンダーのホーン、ストリングスアレンジャーYusuf Rahman だったというからすごい!!!
ジョージ紫&マリナーというバンドはバンドメンバーのビザの関係で解散しなくてはならなかったというとてもアンラッキーなバンドなんです。
いま改めて聞くと、ジョージ紫の弾くキーボードが、柔らかくて、やさしくて、深くて、まさにマリナーの名前の通り、真っ青な海を漂う雰囲気。
ゲストだからよいしょして言う訳ではなくって
もしジョージ紫&マリナーがもっとアルバムを発表して、幻の全国ツアーも実現していたら、日本のロックの歴史は本当に変わっていたかもしれません。
JJの話で個人的に面白かった話があります
ラスベガスの砂漠をひとりで歩き続けた時のはなし
砂漠をひとりで歩き続けながら、彼はずっと沖縄の事を考えていたそうです
それまではずっと 沖縄にはもう帰らない。アメリカで生活する と決めていたのに、インスピレションが降りて来て、お母さんのこと、沖縄の親戚の顔が頭に焼き付いて離れない。 ああそうなんだ!僕はきっと沖縄に帰るんだ とその時はじめて気がついたとか。
9月16
JJとジョージ紫さんがタッグを組んで久しぶりにライブをします。
テーマは ”Full Circle“
ジョージ紫さんの誘いで沖縄に戻って来て、一度は解散したものの、30年たってまた円を描くようにもとの場所に戻ってきた・・・という意味でしょうか。
ジョージ紫&マリナーの曲もやる予定だとか
皆さんも是非遊びに来て下さい!
JJライブwith ジョージ紫
9月16(土)那覇新都心 TOP NOTE
TEL 098-869-9077
スタート 20:30〜 ¥3000
J J はとても素敵な音楽人生を送っている方です。
生まれはここ沖縄の首里。
お父様はアメリカ人、お母様は宮古の方です。
ずっと基地内の学校だったために、日本語はあまりうまくない
高校の頃はクバサキハイスクールのMrクバサキに選ばれた程の美男子。
おもしろい事に 紫 のリーダー、ジョージ紫さんは同じクバサキハイスクールのひとつ上の先輩で、彼は クリエート部門のナンバー1に選ばれたそうです!
高校卒業後、ハワイで音楽活動をスタート
ハワイではエルウ゛ィスプレスリーの奥様の前で歌ったこともあるとか!
そして L.A滞在中のヴォイストレーニングの先生がなんと
スティヴィーワンダーのホーン、ストリングスアレンジャーYusuf Rahman だったというからすごい!!!
ジョージ紫&マリナーというバンドはバンドメンバーのビザの関係で解散しなくてはならなかったというとてもアンラッキーなバンドなんです。
いま改めて聞くと、ジョージ紫の弾くキーボードが、柔らかくて、やさしくて、深くて、まさにマリナーの名前の通り、真っ青な海を漂う雰囲気。
ゲストだからよいしょして言う訳ではなくって
もしジョージ紫&マリナーがもっとアルバムを発表して、幻の全国ツアーも実現していたら、日本のロックの歴史は本当に変わっていたかもしれません。
JJの話で個人的に面白かった話があります
ラスベガスの砂漠をひとりで歩き続けた時のはなし
砂漠をひとりで歩き続けながら、彼はずっと沖縄の事を考えていたそうです
それまではずっと 沖縄にはもう帰らない。アメリカで生活する と決めていたのに、インスピレションが降りて来て、お母さんのこと、沖縄の親戚の顔が頭に焼き付いて離れない。 ああそうなんだ!僕はきっと沖縄に帰るんだ とその時はじめて気がついたとか。
9月16
JJとジョージ紫さんがタッグを組んで久しぶりにライブをします。
テーマは ”Full Circle“
ジョージ紫さんの誘いで沖縄に戻って来て、一度は解散したものの、30年たってまた円を描くようにもとの場所に戻ってきた・・・という意味でしょうか。
ジョージ紫&マリナーの曲もやる予定だとか
皆さんも是非遊びに来て下さい!
JJライブwith ジョージ紫
9月16(土)那覇新都心 TOP NOTE
TEL 098-869-9077
スタート 20:30〜 ¥3000
Posted by 山田ばさらよっしー at
21:37
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2006年09月10日
死ぬのは奴らだ
> 亀田19才やばくないかな。あの父親はまとも?
> ボクシングをしていた山田よっしーにはどう見える。
○○さん、こちらのメールチェックを昨日したところでレス
遅れてしまいました。
おとついだったか、農園の社長に
「お前 あんなに毎日走っているけれど、やっぱり毎日走り
続けていると精神力が鍛えられるんか?」 と聞かれました。
で、僕は
「しゃちょう! きたえられるわけないじゃないですか。
いまの僕をみたらわかるでしょう」
僕が毎日走るのはあきらかに親父の影響です。
親父は僕が生まれた時に、なぜかこれからはジョギングをしようと決意したそうです。
毎朝5時起きで 朝もやの中に消えて行く親父の姿に憧れて僕も
ジョギングをはじめました。しかし5年、10年、15年・・・・
と走り続けてゆくうちに僕のジョギング熱はへんな方向へねじまがってしまった。
真夏でもジョギングする時は上のシャツは5枚、下のパンツは
2枚着て走らなければ気が済まない
自分が走ると決めたら台風の日でも走る
体重の増減に一喜一憂
しまいにはガムをかんでつばをコップにためるようになる
おかげで僕の地域では「あの走っている人」で有名人です
僕が知らなくても相手は僕の顔を知っている
これってやばい人ですか?
僕も社長と同じように、毎日なにがあっても10キロ走り続けたら
精神力も鍛えられると思っていた。
けれど、それは嘘だと気づいたのはついこないだです。
もし毎日10キロ走るだけで精神が鍛えられるのなら、なんで
元オリンピック選手が麻薬の中毒になったり、プロ○○選手が
幼児にわいせつな行為をしますか?
僕はいま全くテレビをみないので、亀田親子の事、こないだの
世界戦は雑誌やラジオ、人からの言葉でしか知りません。
ただおかしいと思う事は多々あります。
雑誌の表紙は亀田で一杯
東京フレンドパークではしゃいでいる亀田兄弟を電気屋のテレビでみたし
亀田親子について、世界戦前はすごい! かっこいいという言葉が飛び交っていたのに
いまでは手のひらを返したように、あいつはだめだ!
とボクシングだけでなく、人間性まで否定するような言葉があふれています。
あいつはだめだということは、元 T ボランを国歌斉唱に指名した瞬間で
みんなわかっていると思っていた
でもそんなだめな亀田だからこそみんな好きだったんじゃないのか?
寺山修司が書くボクシングのエッセーが好きだった。
もうどんな記事か覚えていないけれど、どこまでが嘘かほんと
かわからないような文章がよかった。
生き別れになった親にもう一度会いたい。ボクシングで強くな
ればきっと俺の親にあえると信じて戦い続ける男のはなし。
山際淳二も好きだった。
山際淳二といえば”江夏の21球”だけれど
彼の書く底辺で生きるスポ−ツマンの格闘に何度励ませれたこ
とか!
俺には学もない、スポーツも並だからと、競争相手の少ない
ボートでのオリッピク選手を目指して生きた男
俺の肉体はまだ若いと意地を張る34歳のボディビルダーの生活
こないだ僕らの農園に元アントン牧場の社員がやってきた。
アントン牧場はアントニオ猪木が昔経営していた牧場。あまり
にも無軌道な経営だったためにすぐにつぶれてしまったそうな。
でもそんなアントンだから、モハメドアリと戦おうなんて発想ができた。
亀田はどうだろうか?
ボクシングの3分は長い!
いや、1分だって長い!
これは体験した人でないとわからない地獄です。
亀田のジムの会長はボクシングの世界はあなた達にはわからない世界なんだ
と言っていたが、これは事実だと思う。
でもそれをわざわざマスコミの前で発言するのはいかがなもんだろう?
日本人はもう誰も戦っていないんだ。
そうでなければ、あんな風に亀田親子に手のひらをかえしたりなんかしない。
> ボクシングをしていた山田よっしーにはどう見える。
○○さん、こちらのメールチェックを昨日したところでレス
遅れてしまいました。
おとついだったか、農園の社長に
「お前 あんなに毎日走っているけれど、やっぱり毎日走り
続けていると精神力が鍛えられるんか?」 と聞かれました。
で、僕は
「しゃちょう! きたえられるわけないじゃないですか。
いまの僕をみたらわかるでしょう」
僕が毎日走るのはあきらかに親父の影響です。
親父は僕が生まれた時に、なぜかこれからはジョギングをしようと決意したそうです。
毎朝5時起きで 朝もやの中に消えて行く親父の姿に憧れて僕も
ジョギングをはじめました。しかし5年、10年、15年・・・・
と走り続けてゆくうちに僕のジョギング熱はへんな方向へねじまがってしまった。
真夏でもジョギングする時は上のシャツは5枚、下のパンツは
2枚着て走らなければ気が済まない
自分が走ると決めたら台風の日でも走る
体重の増減に一喜一憂
しまいにはガムをかんでつばをコップにためるようになる
おかげで僕の地域では「あの走っている人」で有名人です
僕が知らなくても相手は僕の顔を知っている
これってやばい人ですか?
僕も社長と同じように、毎日なにがあっても10キロ走り続けたら
精神力も鍛えられると思っていた。
けれど、それは嘘だと気づいたのはついこないだです。
もし毎日10キロ走るだけで精神が鍛えられるのなら、なんで
元オリンピック選手が麻薬の中毒になったり、プロ○○選手が
幼児にわいせつな行為をしますか?
僕はいま全くテレビをみないので、亀田親子の事、こないだの
世界戦は雑誌やラジオ、人からの言葉でしか知りません。
ただおかしいと思う事は多々あります。
雑誌の表紙は亀田で一杯
東京フレンドパークではしゃいでいる亀田兄弟を電気屋のテレビでみたし
亀田親子について、世界戦前はすごい! かっこいいという言葉が飛び交っていたのに
いまでは手のひらを返したように、あいつはだめだ!
とボクシングだけでなく、人間性まで否定するような言葉があふれています。
あいつはだめだということは、元 T ボランを国歌斉唱に指名した瞬間で
みんなわかっていると思っていた
でもそんなだめな亀田だからこそみんな好きだったんじゃないのか?
寺山修司が書くボクシングのエッセーが好きだった。
もうどんな記事か覚えていないけれど、どこまでが嘘かほんと
かわからないような文章がよかった。
生き別れになった親にもう一度会いたい。ボクシングで強くな
ればきっと俺の親にあえると信じて戦い続ける男のはなし。
山際淳二も好きだった。
山際淳二といえば”江夏の21球”だけれど
彼の書く底辺で生きるスポ−ツマンの格闘に何度励ませれたこ
とか!
俺には学もない、スポーツも並だからと、競争相手の少ない
ボートでのオリッピク選手を目指して生きた男
俺の肉体はまだ若いと意地を張る34歳のボディビルダーの生活
こないだ僕らの農園に元アントン牧場の社員がやってきた。
アントン牧場はアントニオ猪木が昔経営していた牧場。あまり
にも無軌道な経営だったためにすぐにつぶれてしまったそうな。
でもそんなアントンだから、モハメドアリと戦おうなんて発想ができた。
亀田はどうだろうか?
ボクシングの3分は長い!
いや、1分だって長い!
これは体験した人でないとわからない地獄です。
亀田のジムの会長はボクシングの世界はあなた達にはわからない世界なんだ
と言っていたが、これは事実だと思う。
でもそれをわざわざマスコミの前で発言するのはいかがなもんだろう?
日本人はもう誰も戦っていないんだ。
そうでなければ、あんな風に亀田親子に手のひらをかえしたりなんかしない。
Posted by 山田ばさらよっしー at
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2006年09月10日
JJ&ジョージ紫
9月11日 RAIN のゲストになんと!
JJ そしてジョージ紫さんがきます!!!
JJとジョージ紫さんは以前、“ジョージ紫&マリナー”というバンドを組んでいました。
みなさんもちろんご存知だと思いますが、ジョージ紫さんはあの伝説のバンド、“紫”のキーボーディスト、そしてJJは80年代に“HEAVY METAL ARMY ”というバンドのボーカリストとして活動されていて、当時の雑誌には日本でNo1のボーカリストとして紹介されています。
昨年、基地内で行われた JJ のライブに招待されたのがきっかけで JJと知り合いました。
“紫” のジョージ紫さんや、チビこと宮永英一さん、“コンディショングリーン”のカッちゃん、そして“マリーwithメデューサ”のマリーさんはみなさんご存知だと思いますが、JJ は知らないなあ・・・という人がもしかしたらいるかも知れませんが、彼は沖縄ロックの中で間違いなく重要な人物です。
彼の経歴はラジオの中でお伝えしようと思っているので、ここであまり詳しくは紹介できないのですが、ハワイにすんでいた頃に、エルヴィスプレスリーの奥さんの前で歌う機会があったり、L.Aではスティーヴィーワンダーのアレンジャー Yusuf Rahman からヴォーカルトレーニングを受けたとの事。
実は昨日 彼と打ち合わせをしたのですが、音楽の話になると前のめりになって目を見開き、歯をむきだしにして熱く語るんですね。
JJは当年とって50うんさい(!)
ですが、ヴォーカリストとしてのプライドは並々ならぬものがあって、打ち合わせ中ずっと押されっぱなしでした。
番組中、JJ、ジョージ紫さんにお聞きしたいことが山ほどあって、もういまからすでに僕の頭の中はひりひりしています(笑)
紫 のファーストアルバムをここのところへヴィーローテーションで聞いているんですが、なあんなんでしょうあのグルーブは!!!
あらためて聞き直してみても、あいかわらず尖っていて、音が立っています!
11日は最高の番組にすべく僕もがんばりますので、是非 今回は南部以外の方も糸満までドライブしながら聞いてほしいな。バンド活動をされている人や美術系の自称アーティストさんたちにためにならない番組つくりをこころがければ、成功すんじゃないかな(なんじゃそれ!)
紫のファーストアルバムのジャケット格好いいとおもいません? 誰がデザインしたのかジョージに聞いてみよ!
JJ そしてジョージ紫さんがきます!!!
JJとジョージ紫さんは以前、“ジョージ紫&マリナー”というバンドを組んでいました。
みなさんもちろんご存知だと思いますが、ジョージ紫さんはあの伝説のバンド、“紫”のキーボーディスト、そしてJJは80年代に“HEAVY METAL ARMY ”というバンドのボーカリストとして活動されていて、当時の雑誌には日本でNo1のボーカリストとして紹介されています。
昨年、基地内で行われた JJ のライブに招待されたのがきっかけで JJと知り合いました。
“紫” のジョージ紫さんや、チビこと宮永英一さん、“コンディショングリーン”のカッちゃん、そして“マリーwithメデューサ”のマリーさんはみなさんご存知だと思いますが、JJ は知らないなあ・・・という人がもしかしたらいるかも知れませんが、彼は沖縄ロックの中で間違いなく重要な人物です。
彼の経歴はラジオの中でお伝えしようと思っているので、ここであまり詳しくは紹介できないのですが、ハワイにすんでいた頃に、エルヴィスプレスリーの奥さんの前で歌う機会があったり、L.Aではスティーヴィーワンダーのアレンジャー Yusuf Rahman からヴォーカルトレーニングを受けたとの事。
実は昨日 彼と打ち合わせをしたのですが、音楽の話になると前のめりになって目を見開き、歯をむきだしにして熱く語るんですね。
JJは当年とって50うんさい(!)
ですが、ヴォーカリストとしてのプライドは並々ならぬものがあって、打ち合わせ中ずっと押されっぱなしでした。
番組中、JJ、ジョージ紫さんにお聞きしたいことが山ほどあって、もういまからすでに僕の頭の中はひりひりしています(笑)
紫 のファーストアルバムをここのところへヴィーローテーションで聞いているんですが、なあんなんでしょうあのグルーブは!!!
あらためて聞き直してみても、あいかわらず尖っていて、音が立っています!
11日は最高の番組にすべく僕もがんばりますので、是非 今回は南部以外の方も糸満までドライブしながら聞いてほしいな。バンド活動をされている人や美術系の自称アーティストさんたちにためにならない番組つくりをこころがければ、成功すんじゃないかな(なんじゃそれ!)
紫のファーストアルバムのジャケット格好いいとおもいません? 誰がデザインしたのかジョージに聞いてみよ!
Posted by 山田ばさらよっしー at
00:23
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2006年09月05日
世界のウエタ
9月4日のゲスト ウエタツネミ
僕の唯一のライバルである
この人のはじめての印象はひどく悪かった。
とにかくぶっきらぼうでいけすかない奴なのだ
『この人とは絶対うまがあわない」と会った瞬間すぐに感じた。僕は勘のいい方だから、きっと一度きりの関係ですぐに終わってしまうだろうと思ったのだが、幸か不幸かそうはならかった。
あれから3年、形を変えながら、いまも関係は続いている・・・・
ウエタと話していると、僕の考えと全く受け入れ難い事を言う時がある。
そのたんびに僕はむかっとくる。逆にそれが僕のエネルギーになっていることに最近気がついた。だからやめられないんだろう。ばかやろういまにみてろよ! というわけだ。
“誰のものかわからないメガネが机に置かれていて、僕はそのメガネを遊び半分でかけてみた。そしてその行為に飽きた僕はそのメガネをまた机に戻した。
その5分後、そのメガネのふちからレンズから必死にくまなくハンカチでふいている人間をみた。
その時はじめて、僕と彼との関係はどうしようもないくらいひどいものになってしまっていることを知った。彼をそうさせるまで追いつめてしまったのは僕のほうなんだ・・・・・・・”
あの時の傷はいまでも残っている
なぜだか知らないけれど、ウエタとふたりきりになるたんびにあのメガネを思い出す。
“この人とは全くうまがあわない” とはじめて会ったときに感じた僕の勘はある部分あたっているのだろう。
そして同じように彼もまた “こいつとはどこかウマがあわない” と思いながらも関係を続けているはずだ。
こういう関係は心地がいい。
ウエタは3年後、ものすごい小説家になる。本人がそう言っているのだから間違いない。将来、沖縄にはウエタのような人物が必要な時代がやってくるはずだし、仮にウエタのような人物を受け入れるような器が沖縄にないのならば悲惨な時代がやってくるだろう。
僕は正直いま自分がラジオパーソナリティなのか、ミュージシャンなのか、それともはるさーなのかわからない。けれど、今日 久しぶりにウエタに会ってそんな自分の状況を悪くかんがえなくてもいいように思えた。彼の好きな小説家、村上春樹風に言えば、ダンス ダンス ダンス、踊り続けていれば何かが開けてくることを信じていよう
そういうことにしておけばこれから先もいい感じ
僕の唯一のライバルである
この人のはじめての印象はひどく悪かった。
とにかくぶっきらぼうでいけすかない奴なのだ
『この人とは絶対うまがあわない」と会った瞬間すぐに感じた。僕は勘のいい方だから、きっと一度きりの関係ですぐに終わってしまうだろうと思ったのだが、幸か不幸かそうはならかった。
あれから3年、形を変えながら、いまも関係は続いている・・・・
ウエタと話していると、僕の考えと全く受け入れ難い事を言う時がある。
そのたんびに僕はむかっとくる。逆にそれが僕のエネルギーになっていることに最近気がついた。だからやめられないんだろう。ばかやろういまにみてろよ! というわけだ。
“誰のものかわからないメガネが机に置かれていて、僕はそのメガネを遊び半分でかけてみた。そしてその行為に飽きた僕はそのメガネをまた机に戻した。
その5分後、そのメガネのふちからレンズから必死にくまなくハンカチでふいている人間をみた。
その時はじめて、僕と彼との関係はどうしようもないくらいひどいものになってしまっていることを知った。彼をそうさせるまで追いつめてしまったのは僕のほうなんだ・・・・・・・”
あの時の傷はいまでも残っている
なぜだか知らないけれど、ウエタとふたりきりになるたんびにあのメガネを思い出す。
“この人とは全くうまがあわない” とはじめて会ったときに感じた僕の勘はある部分あたっているのだろう。
そして同じように彼もまた “こいつとはどこかウマがあわない” と思いながらも関係を続けているはずだ。
こういう関係は心地がいい。
ウエタは3年後、ものすごい小説家になる。本人がそう言っているのだから間違いない。将来、沖縄にはウエタのような人物が必要な時代がやってくるはずだし、仮にウエタのような人物を受け入れるような器が沖縄にないのならば悲惨な時代がやってくるだろう。
僕は正直いま自分がラジオパーソナリティなのか、ミュージシャンなのか、それともはるさーなのかわからない。けれど、今日 久しぶりにウエタに会ってそんな自分の状況を悪くかんがえなくてもいいように思えた。彼の好きな小説家、村上春樹風に言えば、ダンス ダンス ダンス、踊り続けていれば何かが開けてくることを信じていよう
そういうことにしておけばこれから先もいい感じ
Posted by 山田ばさらよっしー at
03:19
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2006年09月01日
WONDER WATER
菊の出荷の時期、短期で手伝いに来る“まっちゃん”の薦めで今日はシーカヤックツアーを体験してきました。

まっちゃんはムーンビーチに15年以上勤めたあと、現在は独立してシーカヤックのツアーガイドをしています。
この30年、全くといっていいくらい海とは縁がなく、泳ぎの出来ない僕と彼女をなかば強制的に(笑)つれだしたまっちゃん。

ヤクルトの古田に似ていると評判です
天候に恵まれ、日差しもやわらかくて、海のコンディションは上々!
不思議なもんで、カヤックに乗り込んだ瞬間からもう沖縄の景色が全く別世界に見えるんです。パドルで波を漕いでいると、海鳥がぼくらの頭の上で ちちち と鳴きながら追い越して行きました。恩納村からカヤックを漕いでわずか45分くらいで、小さな島に到着。
そしてお待ちかねのシュノーケリング!!!
海の生き物達との“未知との遭遇”初体験の僕と彼女は、おお〜! とか うう〜! とかお互いあほまるだしでうなっていました。
海の中で餌付けをすると魚が無防備なくらいに手元までやってきてエサをつつくんです。
まっちゃんのガイドで知ったんですが、形が丸くなったり、細長くなったり自由自在に変形するナマコがいたり、まるでウミヘビのような姿をしているナマコもいたり、ひとくちにナマコって言ってもいろんな種類がいるのですよ。
砂浜がなぜ白いのか? ヤドカリの生活について
手招きで求愛をするカニ等々・・・ まっちゃんの解説を聞きながらふるさと沖縄のいままで知らなかった顔を知りました。
水深8メートルまでゆくと、たまんのような少し小ぶりの魚にまで会うことができます。
深さによって海が温かく感じたり、急に冷たく感じたりします。
海には海のルールがきっとあって、海の生き物たちはそのルールを受け入れて生きている
人間社会のルールに縛られるのがいやで、つばを吐くのが趣味の僕のような人間とはえらい違いですね。ルールを受け入れるっていうのは口にするのは簡単だけど、そんななまやさしいもんじゃないことはみなさんもちょっと考えたらわかることだと思います。
海を感じながら、ここ沖縄は僕ら人間だけのものじゃなくって、この海にも海の生活があるんだ ってはじめて実感、体感しました。
なぜ辺野古に基地を移設するのが危険なことなのか?
どうしてヤンバルクイナは絶滅の危機にあるのか?
頭でっかちになるのではなく、みなさんもぜひからだで感じてみてください。
おそらく今日、まっちゃんがぼくを海に誘ったのもそれを感じてほしかったんだと思います。
まっちゃん 素敵なプレゼントをありがとう!!!

まっちゃんはムーンビーチに15年以上勤めたあと、現在は独立してシーカヤックのツアーガイドをしています。
この30年、全くといっていいくらい海とは縁がなく、泳ぎの出来ない僕と彼女をなかば強制的に(笑)つれだしたまっちゃん。

ヤクルトの古田に似ていると評判です
天候に恵まれ、日差しもやわらかくて、海のコンディションは上々!
不思議なもんで、カヤックに乗り込んだ瞬間からもう沖縄の景色が全く別世界に見えるんです。パドルで波を漕いでいると、海鳥がぼくらの頭の上で ちちち と鳴きながら追い越して行きました。恩納村からカヤックを漕いでわずか45分くらいで、小さな島に到着。
そしてお待ちかねのシュノーケリング!!!
海の生き物達との“未知との遭遇”初体験の僕と彼女は、おお〜! とか うう〜! とかお互いあほまるだしでうなっていました。
海の中で餌付けをすると魚が無防備なくらいに手元までやってきてエサをつつくんです。
まっちゃんのガイドで知ったんですが、形が丸くなったり、細長くなったり自由自在に変形するナマコがいたり、まるでウミヘビのような姿をしているナマコもいたり、ひとくちにナマコって言ってもいろんな種類がいるのですよ。
砂浜がなぜ白いのか? ヤドカリの生活について
手招きで求愛をするカニ等々・・・ まっちゃんの解説を聞きながらふるさと沖縄のいままで知らなかった顔を知りました。
水深8メートルまでゆくと、たまんのような少し小ぶりの魚にまで会うことができます。
深さによって海が温かく感じたり、急に冷たく感じたりします。
海には海のルールがきっとあって、海の生き物たちはそのルールを受け入れて生きている
人間社会のルールに縛られるのがいやで、つばを吐くのが趣味の僕のような人間とはえらい違いですね。ルールを受け入れるっていうのは口にするのは簡単だけど、そんななまやさしいもんじゃないことはみなさんもちょっと考えたらわかることだと思います。
海を感じながら、ここ沖縄は僕ら人間だけのものじゃなくって、この海にも海の生活があるんだ ってはじめて実感、体感しました。
なぜ辺野古に基地を移設するのが危険なことなのか?
どうしてヤンバルクイナは絶滅の危機にあるのか?
頭でっかちになるのではなく、みなさんもぜひからだで感じてみてください。
おそらく今日、まっちゃんがぼくを海に誘ったのもそれを感じてほしかったんだと思います。
まっちゃん 素敵なプレゼントをありがとう!!!
Posted by 山田ばさらよっしー at
00:44
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